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優雅ではない朝

 ある日の昼まえ。

 普段より柔らかいマットレスで目覚めると、


「知らない……天井だ」


 人生で一度は言ってみたい

 まではないけど、シチュエーションがあったら言ってみたいセリフが溢れた。


 寝起きの頭に微妙な感慨。

 ボーッとしていると、コーヒーの香りとともに



「おはよう」



 知ってる声が聞こえてきた。

 キッチン(ワンルームなんだけど)から現れたのは



「おはようございます、花恭さん」

「うん」



 私を泊めてくれた、この部屋の主人。


 念のため言っておくけど、断じて朝チュンなどではない。


 そもそも同じ布団に入ってすらいません。



 じゃあ逆になんで、男性の家に上がり込んでいるのかといえば











「僕と同棲しようか」



「え」


 あの晩、ぬらりひょんに襲われたあと。

 花恭さんからの提案は



「ええええええええ!?」



 予想だにしない、とかいうレベルじゃなかった。


「急に、何を、言ってらっしゃるのデスカ?」

「勘違いしたらいけないよ。男女(おとこおんな)、色恋の話で言ってるんじゃない」

「そりゃそうでしょうけど」


 分かってるよ、そのくらい!

 だからってねぇ! 男がねぇ!

 若い女性に向かってねぇ! 気安くねぇ


「今回はたまたま近くにいたから、助けるのが間に合った。また次襲われたとき、同じようにいくとはかぎらない。


 いや、ならない可能性の方が高い」


「それは、まぁ」


 そんな毎晩のようにコンビニで時間潰してたら心配になる。

 寝て。


「そうなったらもう、確実なのは一緒にいることだ」

「は、はい」


 確かにアイツは『2対1は不利だから』で退いた。

 花恭セコム自体強力だけど、まず牽制になるはず。


「何か問題はあるかい」


 花恭さんがこっちを見る。

 優しい眼差しなんだけど、なんていうか、それでいて有無を言わせない感じ。


 まぁ私だって答えは決まっている。


「ありま、せん。助かりは、しますし。危ないし天井穴開いてるしで、どうしたものかと思ってましたから」

「よし、決まりだね」

「でもわざわざ、面倒見いいんですね」


 下心じゃないよね。


「僕が巻き込んだうえで死なれたら、本家に怒られるから。ま、でも、そういうことにしといてもらおうかな。ほらら、聖人君子花恭さまだよ〜」

「はは〜」











 なんてことがあって。

 ロマンティックのカケラもない、生存戦略として転がり込んでいる。

 ヒモかな?


 妖怪に破壊された結果だもの。

 妖怪から人を守る生業(なりわい)の彼からしたら、保護は普通のことかもしれない。


 でも私からすりゃ感謝に変わりない。


 だからせめて、持ちつ持たれつ持たれつ持たれつ、くらいにはしなきゃね。


「ご飯作りますよ。何食べたいですか?」

「えー、じゃあ、トーストにベーコンエッグ。レタスサラダも付けて」

「かしこまりました」

「目玉焼きにはコショウかけて」

「はいはい」


 詳細なオーダーはやりがいがある。

 まずは冷蔵庫から卵を取り出


「……あの」

「なんだい?」

「ないじゃん! 卵も、ベーコンも、食パンの1枚も!」


 コショウすら入ってない。言われたものが何一つ入ってない。

 目薬とビールと炭酸水と、食べ残しのチー鱈しか入ってない。


「だって『何食べたい』って聞くから」

「ダメ夫みたいなことを!」


 そういえば初めて会った日、『料理できない』って言ってたもんね。

 材料買うのから私の役目かぁ。


 持ちつ持たれつ持たれつくらいになりそう。






 近所のスーパーで、最低限の材料と牛乳だけ買ってきた。


 他のものはいらないと思う。

 どうせ夜はお店で食べるだろうし。


 天井の穴だけは応急処置的に塞いである。

 2階の復活はまだまだ先だけど、お店が開ける体裁は整っている。


 少しでも花瀬ファイナンス(株)に借金返さなきゃいけない。

 休んでる暇はない。


 だから結局お店には行くとして、まずはご飯。


 花恭さんの部屋は2階。

 薄い金属製の階段をカンカンのぼる。

 昭和ぁ。

『神田川』って感じ。



「ただいま」

「おかえり」


 戻ると花恭さんは背中で答えた。

 テレビを見ている。


 さて。

 幸いフライパンはあったから、手を洗って取り掛かる。

 私もお腹()いた。


 トーストってオーダーだけどトースターはない。

 ベーコンエッグのまえに、フライパンでパンを焼く。

 コレはすぐ仕上がる。


 次に油を薄く引いて、ドデカいベーコンを贅沢に滑らせる。

 いい音、いい匂い。


 ベーコンエッグは好みに火が通るまで待つ料理。

 パンと違って待ち時間が暇になるから、レタス切りつつ雑談でもしとこう。


「あの、花恭さん」

「はーい」

「花恭さんってお金持ってますよね?」

「たんとね」

「じゃあなんでこんなアパート住んでるんですか?」


 しばらくは私もここで暮らすわけで。

 いかにも不便な階段。

 背に腹はかえられないから考えないようにはしてるけど、ワンルーム。

 男女なのにプライバシー崩壊。


 そのうえで、別に私をいいところに住ませろとは言わないけど。

 それこそこのまえ憧れてた、タワマンにだって住むことはできるはずだ。


 ただただこの物件に住む理由が知りたい。

 けど、


「んー? 人生一度は憧れない? こういう暮らし。ロマンさロマン、ろうまんす」


 この人はこういう人だ。

 呆れて返事が出ない。


 すると、その隙間に女性アナウンサーの声が割り込む。



『さて、お盆休みも近付いてまいりました。首都高は帰省ラッシュにより、大規模な渋滞が発生する見込みです』



「帰省かぁ」


 帰省ったら、花恭さんは実家もすごそう。

 何せ『当代一の妖怪狩り』とか言ってたし。

 妖怪側からも『花瀬一族』『一門』って言葉が出てた。


 そりゃお金持ちだろうし、ボロアパートに遊びで憧れる育ちかもね。


 ちょうどいい感じに目玉焼きが焼けた。

 トーストの上に着地させるのが、見た目にこだわるとやや神経を使う。


「お盆ったら、小春さんは実家帰るのー?」


 そこに声を掛けられる。

 あ、ズレ……セーフ。


「いやー、決めてないですね。世間の休みは書き入れ(どき)ですし。別に両親も東京で、滅多と会えないわけじゃないし」

「なるほど」


 聞いといて淡白な反応。

 宗教行事としてのお盆を熱く語るタイプの妖怪狩りじゃないらしい。


「花恭さんはどうなんですか?」

「僕? 僕はね、帰る実家に親もいないけど」

「あ、あぁ」

「でも帰らなきゃいけないんだよな、コレが。本家花形に顔を出さないと怒られる」


 本家。そんな話あったね。

 意外と、妖怪殺してまわる自由人ってだけでもないみたい。


 よし、サラダも盛り付け完了。

 あとはテーブル持ってって食べるだけ。


「じゃあ帰省ラッシュに巻き込まれる方ですか。車?」

「いんや新幹線」

「じゃあどのみち混むだろうけど、首都高の混雑は関係ありませんね」

「ま、そうなるかな」


 適当な相槌をしながらお皿を受け取る花恭さん。

 これでこの話題は終わり、


 というところで






『また、現在首都高では事故が多発しております。



 警察によりますと、実際に事故に遭った複数人から


“生き物のような何かが飛び出してきた”


 との証言が確認されているとのことです。



 なんらかの野生動物が棲み着いている可能性があります。

 ドライバーの皆さんはぜひ、お気を付けて運転してください』






「本当に、関係ないといいね」


 彼は真顔でつぶやいた。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

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