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深夜高速

 深夜の首都高。

 美しい夜景をビュンビュン流して、一台の車が走る。


「ちょっとリョウちゃん、スピード出しすぎヨォ」

「へへっ、そんなことねぇって」

「あぁん、怖ぁいぃ〜!」


 運転席にはホスト風の男。

 助手席にはギリギリロリータ風じゃないくらいのワンピースの女。

 両者とも若い男女。


 男の方は女が騒ぐのがおもしろくて、わざとアクセルを踏み込んでいく。


「法定速度っていうの? 大丈夫なの?」

「さぁてね」

「ちょっとヤダァ〜! 私ライブで疲れてるの! 変なことしないで!」

「それはオレも一緒!」

「だったらますますヤバいじゃん!」


 かたや駆け出しのバンドマン、かたや地下アイドル。

 両者ともドリームをつかむため精力的に活動中であり、

 今日は夜遅くまでライブがあったのだ。


 深夜帯の疲労とテンション。

 重ねて、さっきまで爆音でジャンジャンバリバリやっていた興奮状態。


 火照った体を冷ますべく、二人は夜風を巻き起こしているのだ。


「ほら、夜景がキレイだよ」

「いやいやいや無理無理無理分かんない分かんない!」

「せっかくなんだからさぁ、ちゃんと見なよ」

「リョウちゃんちゃんと前見て運転してる!?」

「はははははは!!」


 女を怖がらせるため、男は軽薄で適当に答えてはいるが。

 もちろん運転自体は真面目にやっている。

 死にたいわけではないのだから。


 意外にも冷静に運転している端から


 前方に他の車両のテールライトが見える。

 また、灯りの並び的に、右曲がりのカーブにも差し掛かるようだ。


 女をビビらせて遊ぶのもここまで。

 名残惜しいが、徐々に速度を落としていく。

 せめて女がすぐに気付いて安心しないよう、じわじわ絞っていくように。


 あとは後続車両との兼ね合いもある。

 車間距離を確認しようとサイドミラーへ目を向けた


 そのとき、


「あん?」


 思わず男は瞬きをする。

 なぜなら、


「……気のせいか」



 一瞬、隣に影が見えたような気がしたから。



 すれ違う対向車ではなかった。

 それなら何を勘違いすることもない。

 そもそも追越車線を走っているのだから。


 だから、右ハンドルの運転席に影が見えることはない。

 あり得ない。


 やはり気のせいだろう。

 暗い深夜、それでいて光は()()()に強く焚かれている。

 何かを見間違えたりしてもおかしくない。


 気を取り直してサイドミラーを覗くと、



「え、うおおっ!?」



「リョウちゃん!? どうしたの!?」


 後続車両のハイビームに照らされ、シルエットながらはっきり見えた



 猛スピードで追い縋る、車でもバイクでもない影。



「う、嘘だろ?」


 バイクでないから自転車にも見えない。

 だが、だとしたらあと何が車に並走できる?


 サラブレッドなら時速70キロとか出るらしいが、サイズからしてそれはない。

 そもそも高速道路に入れるだろうか。

 馬運車から脱走したのだろうか。


 などと思っているうちに

 速度を落としていっているからだろう。


 だんだんそのシルエットが近付いてくる。


 ここまでくれば、正体が気になるところ。

 それに右のカーブにも差し掛かる。

 巻き込んでしまってはこちらも危ない。


 男は事故らないように前方を向きつつ、横目でソレの様子を窺う。


 やがて両者が並走になろうかというそのとき、



 その陰がピョンと跳ねた。



 高さはちょうど、運転席の男の顔と同じくらい。

 驚いて顔を向けたその先



 明らかに人間の顔が、こちらを向いている。



「えっ」


 ばっちり目が合ったと思うのも束の間。

 そのまま陰は高速で走り去り、ヘッドライトが照らす範囲から消え去っていった。


「な、なんだったんだ、今の」


 男は数秒呆然とする。

 それから助手席の女に


『今の見た!?』


 と聞こうとして

 逆に



「リョウちゃん!」



 強い声で呼び掛けられ、ハッとした。

 その切羽詰まった具合だけで、何を言わんとしているかは分かる。


 気が付けばもう、カーブがすぐそこまで迫ってきているのだ。


「おおっ、危ねぇ危ねぇ」


 男はアクセルから足を離すくらいの勢いで速度を緩める。


 しかし、


「ん? あれ、おかしい」

「リョウちゃん!」


 速度計の上でも、体感でも、



 まったくスピードが落ちる様子がない。



 それを裏付けるように

 カーブの誘導灯が、先ほどまでと同じペースでぐんぐん迫る。


「おいおいおいおい!!」


 こうなったら仕方ない。

 男はブレーキを思い切り踏み込

 もうとするが、


「嘘だろっ! 嘘だろ!?」



 まるで最初からペダルではなく鉄の出っ張りだったかのように、

 うんともすんとも動かない。


「なんでっ、なんでだよっ!!」

「リョウちゃあん!!」


 もう女の方はずっと自分の名前を呼ぶだけ、喚くだけ。

 男の思考にふと空白が生まれ、このタイミングで


『ちょっと静かにしてくれよ』


 なんて思ってしまった瞬間、



 一際強い衝撃と音が身体中に叩き付けられ、



 お望みどおり、彼の世界は無音になった。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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