スモークおつまみパーティー
「それは食べ物じゃないでしょ」
花恭さんが言ってるのはウッドチップのことだと思う。
ホームセンターの園芸コーナーで売ってるヤツ。
「そんなこと言ったら烏天狗もそうでしょ」
「確かに」
でもそんなのと一緒にされたら困る。
ちゃんと料理に使われる代物だし。
「ウッドチップっていう点じゃ間違ってないけど。
コレはスモークチップです」
「ふーん。サクラって書いてある。桜?」
「そう。日本人の大好きな桜」
「こういうのにも使われるんだねぇ」
花恭さん、めずらしく感心なさっているご様子。
しげしげとサクラチップを眺めていたけど、チラリとこっちへ視線を移す。
「だけどスモークチップってことは、燻製でも作るんでしょ?」
「はい。烏天狗、藁焼きの煙でいぶりがっこみたいになってましたし。煙が染み込んだろうから、コレは燻製しかないって」
ちなみに『いぶりがっこ』はたくあん漬けの燻製みたいなの。
我ながら今回はバッチリな発想!
と思ったけど、
「ふーん」
花恭さんはこの反応。
「もしかして燻製お嫌いですか?」
「いや、そうじゃないけど」
彼は厨房の奥へ首を伸ばす。
「いわゆる燻製機的なもんないじゃん。できるの?」
「あー、それはですね」
フライパンを取り出してみせると。
花恭さんの変化に乏しい表情が『嘘だろ?』ってなる。
「大規模なものでなければ、家にあるので燻製は作れるんですよ」
「ホントに」
「ホントに。まずはフライパンにアルミホイルを敷くでしょ?」
「ほうほう。ちょっと待って」
花恭さんは椅子から立ち上がると、手を洗って厨房に入ってくる。
昨日一度入ってるから遠慮がないみたい。
料理をしない人でも燻製のやり方は気になるらしい。
酒飲みだもんね。
「続けて」
「アルミホイルの上にサクラチップを敷く。今回は保存食にしないので、『熱燻』っていうスタイルにします。だからサクラチップはひとつかみもあればじゅうぶん」
「欲張ったらキツいもんね」
「で、今回はお肉だからチップの上にもアルミを被せます。脂落ちてくるので。
このときアルミはくしゃっとさせて、ふわっと載せる。隙間から煙出ないと燻製になりません」
そしたら今度はお肉を載せる用の金網を置いて、
「さて、メインのご登場〜」
取り出したるは、烏天狗の腕の肉。
昨日のうちに外側のコゲを落として、軽く塩をしておいたもの。
……うん。どう見ても鶏の手羽肉には見えないな。
「コレを載せて、蓋をして強火!」
「強火!」
「あとは煙が出てきたら中火にして好きなように燻す。でもまぁ、熱燻は長くても1時間くらい。10分20分ですぐにおいしく食べられますよ」
「意外にお手軽だねぇ」
花恭さんは右手を腰にやって、鼻からため息。
一周まわって拍子抜け、って顔だね。
「簡単だけど作りすぎないように。あくまで木を燃やした煙をまとわせてるんです。実は結構体に悪い」
「僕には関係ないな」
今度は明確なドヤ顔に切り替わる。
栄養とはまた別の要素なんだけど、どうなんだろうね。
でもまぁ、たまにはいっか。
せっかくチップも買ったことだし、
「じゃあ烏天狗が終わったら、ナッツとチーズも燻製にしてみましょう。
燻製おつまみアソートです!」
「おぉー! いいじゃん! 豪勢!」
妖怪関係なくなってきたけど、花恭さんはテンション爆上がりだし。
チーズなんかは熱燻で一気にやると溶けてしまう。
だから温度を下げて時間を掛ける『温燻』に。
そのあいだに花恭さんは酒屋に行って、スコッチを買ってきた。
一杯お手頃な値段の、ハイボールにする銘柄じゃないヤツ。
ボトル1本ウン千円の、ストレートやロックでやるヤツ。
赤ワインは店にあるのでもいいらしいってことで、
「さぁて、燻製終わり!」
「来た来た来た」
仕上げにカットが必要なものは処理して、プレートの端にブラックペッパーを挽いて
『特製燻製アソート』、召し上がれ!」
「おほほほ〜!」
某怪盗三世みたいなイントネーションで喜びを表現する花恭さん。
ウキウキでデキャンタ済みの赤ワインをグラスに注ぎ、わざわざ色味をチェック。
そうやって、いったん心を落ち着かせて
「いっただきまぁ〜す!」
まずはメイン、
『烏天狗のハム』へ箸を伸ばす。
落ち着いた意味のないテンションね。
「あっ、コレは」
まずは2、3噛みして確かめているご様子。
それから赤ワインを一口。
「ん〜ふふ」
そして彼は鼻から満足げに息を抜く。
「いかがでしょうお客さま」
「結構なお味でございます」
それはよかった。
『最初からこのメニューって決めてた』
とかドヤ顔してマズかったら、恥ずかしいことこのうえない。
料理人はお客さんのまえに、自分で立てたハードルとの戦いだ。
私はプロじゃないけど。
「しっかり香ばしさが乗ってて、深みがある。豊かな、いい意味で煙たい風味っていうの?」
それだけ強いなら、さぞかし赤ワインにも合うでしょう。
フランスはボルドー産、カベルネ・ソーヴィニヨン。
年数は若いけど、渋みとパンチがあって負けない。
「短時間仕上げも正解だね。肉自体がちょっと硬いから、じっくり水分飛ばしてたらキツいかも」
「あー。おじいちゃんが昔、『ジビエのお店で食べたカラス肉は硬めでややパサっとしてた』って」
肥育されてない、筋肉質だからかな。
そこは烏天狗も一緒みたい。
カラス関係なく修験者としてマッチョなのかもしれないけど。
「うん、ウイスキーにも合う」
花恭さんは次のマリアージュへ。
あのスコッチはスモーキーな銘柄だ。
ピートとウッドチップの違いはあるけど、煙同士仲がいいと思う。
樽で熟成するウイスキーにはウッディさも出たりするし。
そしたら木と木の香り同士の相乗効果でもある。
「さて、妖怪肉もいいけど。次はどれいこう」
どうやら彼はグラス片手に目移りしてるご様子。
迷い箸はマナーがっていうけど、こうなるのもアソートならではの醍醐味よね。
居並ぶは丸ごとカマンベール、ミックスナッツ、追加したゆで卵。
どれも燻製の定番だ。
と、花恭さんの目は卵に留まる。
売り物ほど分かりやすく茶色にはなってないけど、ツヤッとしている白身。
うまいこと中心で固まった黄身。
その鮮やかなコントラストに箸を伸ばすか、
と思ったら
「ねぇ、小春さん」
「どうしました?」
彼はグラスを揺らしながら、少し真面目な顔でつぶやいた。
「烏天狗って卵産むのかな?」
知らない、っていうか、どっちでもいいかな。
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