ちなみに作者はサバ塩が苦手です
「えっ?」
なんか急に苦しげな声が、頭上から。
もしかして、
『ぬあああああっ! なっ、生臭いぃ!!』
やっぱりアイツだ!
なんかすごいもがき苦しんでる!
「ええええっ!?」
ちょっと状況がよく分からない。
そこに花恭さんが近付いてくる。
「天狗のよく言われる伝承の一つに、こんなのがある」
彼は小鼻をヒクヒク動かす。
「『天狗はサバを焼く匂いが嫌い』」
「何ソレ!」
あぁでも確かに青魚って、節分で『イワシの頭を柊に刺す』とか言うもんね。
よく見たら、藁焼きでモウモウ立ちのぼる煙は
団扇が集める風に乗って、烏天狗のところへ注ぎ込まれている。
シュールすぎるでしょ!
と、目を離しているあいだに、
「あ、それまだ焼けてない!」
「いいのいいの」
花恭さんは刀の先でサバを刺して回収する。
さっきも言ったけど藁焼きはたたきの技法。
料理を思い出してもらえば分かるけど、表面が素早く炙られるだけ。
中まで一瞬で火が通るわけじゃない。
でも、
あぁ、ちょっともったいないけど許してください。
「オマケ!」
花恭さんが勢いよく放り上げると、
サバは風に乗って烏天狗の顔面へ!
『ぎぃやあああああぁぁぁ!!??』
いや、コレは人間でもぎぃやあだわ。
唐突なサバアタック気持ち悪すぎる。
生焼けだし。
「あっはっはっはっ!」
立場は逆転、花恭さんは腰に手を当て、サディスト全開の大笑い。
苦しむ烏天狗を眺めたあと、
「最後の仕上げだ」
そうつぶやいて、一歩左にズレた。
そして私にもズレるよう、ジェスチャーで指示する。
素直に一歩右へ動くと、
風除けになっていた私がいなくなったんだ。
強烈な風が七輪に舞い込み、
火の着いた藁までアイツの元へ吸い込まれていく。
藁の炎は一瞬で800度以上になる。
しかも軽い植物だから次々と飛んでって、
『があああああ!!』
そんなのが大量に殺到した烏天狗は、
見てる間に火だるまへと変貌する。
「カラスの羽は雨を弾くために、たぁっぷり脂付いてるからね。よく燃えるよ」
「たまに落ちてるのとか、結構ヌルヌルしてますもんね」
気が付けば私も余裕で雑談してる。
でもいいよね。
どう見たってもう、今にも
『バぁカぁなあああああ!!??』
とか自問自答しているうちに、
烏天狗は燃え尽きて、電柱から地面へ落下した。
すると強風もピタリと止んで、
『カァーカァー!』
『アホー!』
集まっていた大量のカラスたちが、一斉に飛び去っていく。
「親玉やられて総崩れ、だね。ヒッチコックの映画みたいになっても困るし、ちょうどいいや」
勝ち誇った笑みで見送る花恭さんは、
「よっ!」
急に虚空へ向かって刀を突き出した。
「どうさ」
「おー、お見事」
その切っ先に刺さっているのは、
風が止んで落ちてきた、
いい具合に焼けたサバ。
ナイスキャッチ、フードロス回避。
彼は刀に刺さったままのサバを、海賊みたいに一口。
「うん、おいしい。藁の香りが香ばしい」
勝利の余韻を噛み締める。
でも勝利といったら。
そう、アレが必要だよね。
私と思考が完全にリンクした花恭さんは、こっちを向いてにっこり笑う。
「さて、帰って一杯やろうか」
「任せてください!」
勝利の美酒こそ、私の一番の役目だもの。
帰ってきたら開店の時間は過ぎていた。
もう休みにしようかとも思ったけど、店の前にちょうど常連さんがいて
「今日はやってないの?」
と聞かれたら。
店主(代理)として、こんなにうれしいことはない!
仕込みは全然終わってないけどソレはソレ。
いくらでも即席で出せるメニューがあるんだし、ありがたくやらせていただいた。
ということで、まさか一般客の前で烏天狗の一部を取り出すわけにもいかない。
花恭さんへのスペシャルメニューは翌日へ持ち越しとなった。
彼もそれに文句は言わなかった。
だから概ね平和な夜になったけど、
「二人して帰ってきてまぁ。小春ちゃん、まえから思ってたんだけど。花恭くんって、大体いつ行っても店にいるじゃん?」
「そうですけど、それが何か?」
「内縁の夫婦とかだったりするの?」
「殴りますよ」
中年男性な常連のセクハラ、これは許せない。
あとコレと事実婚はハードだから勘弁願いたい。
イケメンではあるんだけどさ。
その晩はなんとか炒めものとかで乗り切って。
花恭さんもたすき掛けして材料切るの手伝ってくれて。
それをまた常連にからかわれてマジギレして。
で、翌日の昼。
いつもの『小料理屋 はる』にて。
「さぁて、昨日働かせた分、たっぷり食べさせてもらおうか?」
「え!? 昨日のは『たまには僕も手伝うよ』って自分から言ったじゃないですか!?」
「タダとは言ってない」
「詐欺!」
花恭さんはカウンターに着いて、いつもどおりの極悪スマイル。
まぁジョークでしょ。
そういうことにしておく。
それよりも、
「今から調理に取り掛かりますけども。ちょっと時間が掛かるんです」
「ふーん」
「というわけで、コレ食べて待っててください」
差し出したるは、烏天狗討伐に一役買ったサバの藁焼き。
結局あのあと食べるタイミングがなくて、冷蔵庫にしまわれていたヤツ。
「おー、コレはコレでいいね」
「塩振ってないから、醤油でも掛けてくださいね」
ぬるめのお湯で割った蕎麦焼酎を付ければ、花恭さんも文句ないでしょ。
そのうえで彼は、厨房へ首を伸ばしてきた。
「それで、時間掛かるって何作るの」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!」
ここで私は秘密兵器を取り出す。
今朝の仕入れのときに、わざわざショップに行って買い求めたモノ。
「昨日の退治の仕方から、ずっと『コレしかない!』って思ってたんです!
刮目せよ!」
突き出したビニールのパックを見て、花恭さんは目を丸くしている。
「何コレ、
観葉植物の鉢に敷き詰めるヤツ?」
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