今度は料理人の戦い
「んぎぎぎぎ」
「ちょちょちょ、何してるんですか!?」
急に牛鬼の死骸へ噛み付く花瀬さん。
バケモノが出たとか和傘の男性が倒したとか。
ここまでのアレコレより信じられない。
コレはあくまで牛鬼(らしい)だから牛じゃない(たぶん)。
まさか、海老芋はエビの味がするとか思ってる?
いや、味云々以前に、
「そんなの食べて大丈夫なんです!? お腹壊さない!? ていうか、お腹壊すで済んだらマシじゃない!?」
倫理観というかなんというか、とにかくえんがちょ案件!
「平気だよ。ローストビーフとか半分生でしょ?」
「いや、そういう話じゃなくて」
「んがっ! そうだなぁ」
なんとか肉を噛みちぎった花瀬さんは、咀嚼しながら腕を組む。
仕込み刀で切り取ったらいいんじゃない?
いや、食べること自体推奨しないけど。
「細かい話は省くけどね? 僕は諸事情があって主食がコレ、っていうか、妖怪からしか栄養を摂取できないんだ」
「よ、妖怪がもう一人……」
「失礼な。人間だよ」
「妖怪食べて人間宣言は、人間という概念に失礼では」
「ふ〜ん?」
助けてもらったけど、コレが人間はちょっと信じられないというか、信じたくない。
いや、人喰い妖怪追加でも困るけど、
『人間が妖怪を捕食する』
とかいう事象を、私の現実にインプットしたくない。
「ていうか、妖怪って、正気ですか?」
「お嬢さんはコレが動物園にいるような身分に見えると」
「見えないけど! 妖怪なんて本当にいるんですか!? ソレを倒したり食べたり、あなたなんなの!? ていうか、こんな大きい死体道路の真ん中に置いて、どうするの!?」
「あーあーあーうるさいなぁ」
花瀬さんは大袈裟に両耳を手で覆う。
「別にそこはどうでもいいでしょ」
「よくないでしょ!」
「僕はいいもん。そんなことよりさ」
彼は急に、私の顔を覗き込む。
やだ近い。美形。
普通ならドギマギだけど、さっきまで妖怪食べてた口が目の前だと思うとなぁ。
別の意味でドキドキ。
「君、北上さんは、なんで『ぬらりひょん』追い掛けてたの?」
「ぬら……? アレですか?」
後頭部ロング食い逃げおじいさんのことかな。
落ち着いて思い返すと、確かに漫画で見たことある気がする。
まさか実在したの!?
は、牛鬼のあとでいうことじゃないか。
「店のもの全部食い荒らされた挙句、食い逃げされまして」
「おやまぁ! そりゃエラい災難だったね」
花瀬さんは顔を引いて、世間話みたいなノリのリアクション。
気になったというより、質問攻めを切りたかったんだね。
「お店してるんだ。なに? スーパー? 飲食?」
「飲食です。小料理屋」
「ふぅん、小料理屋」
花瀬さんはニヤッと口角を上げた。
嫌な予感がする。
『助けてくれてマジ感謝! 私はこれで!』って逃げる間もなく
彼はまた、私の顔を覗き込む。
「じゃあ、なんかご馳走してよ」
知ってた。
「いや、食材全部食べられたんですって」
やんわり断ってみる。
でも、
正直もっと嫌な予感を察している私がいる。
「いや、あるじゃん。そこに」
「ありゃまぁ、随分と荒れてるねぇ」
店に入るなり。
花瀬さんの第一声はそれだった。
結局連れてきてしまった。
断ったら何されるか分からないし。
でも知らない男性を連れ込む方が、何されるか分かんなくない?
それは置いといて。
そりゃそうだよ。
ぬらりひょんと妖怪大戦争(惨敗)をした後片付けも済んでいない店内。
カウンターを制圧する、洗われていない食器の山。
そのせいで置きどころがなく、床に大量に転がっている酒瓶。
後頭部ジジイめ、せめてテーブルに置くとかもしてくれてもいいじゃん。
そこまで律儀ならお金払ってって話だけど。
「仕方ない。ご飯作ってもらうし、僕も片付けするよ」
「あ、どうも」
「ゴミ袋どこかな」
意外な申し出だ。
捉えどころないし強引だけど、気を遣える人ではある?
「しっかし、たんと楽しんだあとだねぇ」
彼は踏むと危ない床の瓶から拾っていく。
「自分でも分かんないんですけどね。最初ぬらりひょん? がお酒飲んでるの見たとき、何もおかしいって思わなかったんです。それどころか、言われるがままに料理までして」
そのあいだに私は厨房側からカウンターの皿を回収。
「それがぬらりひょんの能力だからね」
「え、そうなんですか?」
「『人の家に勝手に上がり込んで、家主のように振る舞う。住人はソレに違和感を覚えない』
だから、あとからでも『おかしい』って気付けただけ、君は立派だよ」
こっすい能力だなぁ。
あと何において立派なんだろう。
というか、
「でもあとの祭りですよ。何もかも食べ尽くされて、お店はもう破産です」
意外と、スッと言葉にできた。
まだ実感がないんだと思う。
だから、声こそ震えなかったけど。
やっぱり焦燥感が胸を迫り上がる。
「ふーん」
返ってくるのは興味のなさそうな声。こっちを見もしない。
そりゃ私だって、何を期待したわけじゃな
「じゃあ、
僕がお金出そうか?」
「えっ」
えっ?
「えっ、なんで?」
「お金は持ってるの」
「『How』じゃなくて『Why』」
もっというと、『What』だよ!
何言ってるのこの人!?
もはや5W1Hより、正気かどうかから聞きたい。
「そうだなぁ」
彼はしゃがんだ姿勢から立ち上がると、こっちを向いてニヤッと笑う。
あ、やっぱり美形♡
じゃなくて!
「はっきり言って、妖怪肉はもうすごくマズい。正直そのままだと、食べられたもんじゃない」
「は、はぁ」
「だから調理して、最低限体裁は整えたいところなんだけど。残念ながら僕、料理できない。
だからって、『妖怪肉で野菜炒め作ってよ』とか頼める相手もいるわけない」
「そりゃそうでしょうね」
「つまり、妖怪の存在を知った小春さんのお店が残れば、僕にも都合がいい」
「な、なるほど」
それはそうかもしれない。
ナチュラルに今後作り続けることになってそうな点を除けばね!
ただ、筋は通ってるし、普通の融資の話、かな?
相手は知らないヤバい人間だけど……
カラダで、とか言われないよね?
いや、待って?
「あれ? なんで急に下の名前?」
危うく別の変化を見逃すところだった。
花瀬さんはケラケラ笑う。
「のれん見たら屋号『はる』だったし。下の名前の方がいいのかなって」
「いや、そこは別にどうでも」
「小春さんも僕のこと『花恭』って呼んでいいよ」
「別にそこにメリット感じないですけど」
「タメ語でいいよ」
「フレンドリーすぎてますますうさんくさい!」
何ツッコミ受けてご満悦になってんのこの人。
と思ったら、
「でも小春さん、勘違いしちゃいけない」
「何が?」
急に笑顔が、挑戦的なものに変わる。
まぁ常ににっこりサモエドで、変化に乏しいけど。
「僕はおいしいものが食べたくて君を拾うんだ。
ギブアンドテイクのギブ、料理で示せるならいいけど
マズかったらこの話はナシだ」
その言葉に私は、
プレッシャーは感じなかった。
そんなことより、
「……分かりました。それでお店が助かるなら」
そう、おじいちゃんのお店が助かるなら。
使命感がメラメラ燃え上がる。
この際、この人の素性とかどうでもいい。
相手が妖怪でも闇金でも、融資されなきゃどのみち終わってしまう。
「唸らせてみせます」
もしかしたら、初めて彼の前で力のある表情をしたかもしれない。
花瀬、花恭さんも大きく頷き返し、
少し片付いたカウンターに、ドンッと片肘突いて身を乗り出す。
「今日のお料理、期待してるよ」
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