コンビニの正体とお弁当でお出掛け
ということがあって。
ただ、帰りの豊洲でサバは売り切れ。
あえなく空振り、
結局今日、馴染みの業者で手に入れたのがこのサバ。
味噌煮に塩焼き、なめろうにツミレと、飲み屋で大活躍の食材だからいいけど。
ぶつ切りをトマトソースで煮込んでシメのパスタにするのもアリ。
ご家庭だと水煮缶とケチャップでやるとお手軽。
とにかく、上物をそこそこの値段で仕入れられたから、損はしていない。
大きな丸ごと一尾と向き合うのは緊張したけど、
たまにこういうことをすると、料理人として腕が上がった気持ちになれる。
というわけで。
図に乗らせるとまた振り回してくるから、絶対口には出さないけど
実はこっそり感謝してる。
もう一品作ってあげてもいいかも?
とか考えていると
「さぁて、なんかおもしろい番組やってるかなぁ、と」
花恭さんは我が物顔でテレビをつける。
実際客はお連れさんと会話を楽しむし、
私も仕込み中の話し相手がいる。
マジでもう花恭さん以外誰も使ってない、『我が物』だったりする。
そんな忠実な僕たるテレビくんが提供するのは、
『続きまして、「23区内連続児童失踪事件」についての速報です』
「わ」
あんまり景気がいいとは言えないニュース。
だけど今、一番東京23区を騒がせている話題なんだよね。
避けては通れない。
意識も好き嫌い関係なく吸い寄せられる。
どころか、
『本日13時半。警視庁は記者会見を行ない
先日文京区で発生した『高部智慧ちゃん失踪事件』が、
一連の失踪事件と同一犯である可能性が高いと……』
「あーっ!」
「うわビックリした」
急に声をあげた私に、花恭さんがジト目を向ける。
「なんなの急に」
「そうだ、ニュースで見たんだ」
「何を」
「コンビニです!」
そう、江東区のタワーマンション街で見た、『見覚えがあるけどないコンビニ』。
アレは何日かまえに、
『2件目の児童失踪事件が発生した』
『最後に少年の姿が確認されたのは、こちらのコンビニにある防犯カメラ』
って、ニュースに映ってたんだ。
「コンビニがなんなの」
「あぁ、いや、なんでも」
「ワケが分からない」
まさかこの世のワケ分からないの塊に言われるとは。
でもコンビニのこと話してないもんね。そりゃそうか。
いやでも、その現場に訪れることになるなんて。
別に悪いことしてないし、コンビニはコンビニにすぎないけど。
でも少し薄ら寒い気はする。
意外と知らないだけで、あちこちに事件の場所は眠っていて
偶然にも触れていることは多々ある、なんて……
偶然?
「あの、花恭さん」
「なんだい?」
画面に目を向けたまま話し掛ける。
たぶん向こうもそのまま。
「なんか、不忍池の連続水死事件とか、『雨の首狩り族』とか。山下さんのもそうでしたけど」
「総集編にはまだ早いよ」
「それはよく分かりませんけど。とにかく、最近の事件って妖怪がらみが多かったじゃないですか」
「そーだね」
「……この失踪事件も、そうだと思います?」
ここでようやく視線を向けると、
花恭さんは何も言わず焼酎を飲み干し、梅漬けを口に含む。
「このまえ行ったタワマン、事件現場らしいですよ」
「失踪事件に現場とかあるの」
「花恭さん、
もしかしなくても、分かっててあそこに行ったんじゃないですか?」
グラスが口から離れる。
中の氷がカランと音を立てた。
それを合図かのように彼は視線だけをこちらへ向ける。
「ねぇ小春さん。
お弁当持ってお出掛けしようよ」
今から出掛けたら開店に間に合わない
という反論は予想どおり却下された。
でもその分の売り上げ見込みは借金から割り引いてくれるらしい。
ならいいか。
それに、コレが妖怪の引き起こしている事件なら。
いや、花恭さんが現地に行ってこの反応なんだもん。
きっと妖怪の仕業なんだろう。
だとしたら、解決しに行かなきゃならない。
新たな被害を防ぐために。
いや、なんで一介の女子大生が妖怪事件にマジになってるんだろう。
でも一介の女子大生じゃ、見て見ぬフリできるほど正義感捨てられない。
そこまで見越してるのかな。
ニクいぜ、花瀬花恭。
は、いいけど、
「なんで弁当に七輪抱えて出てくる必要があるんですか」
コレは意味が分からない。
リュックに七輪と炭入りの箱詰めて、肩には保冷バッグ。
「いいじゃんいいじゃん。僕が持ってるんだから」
「よくありませんよ。そのへんで七輪焼いてたら通報されます」
「僕は逃げるから」
「悪魔!」
妖怪退治に悪魔を使うって、どこの貞伽耶だよ。
しかも、
「めちゃくちゃこっち見てヒソヒソ言ってますよ」
「君がべっぴんだからね。噂してるのさ」
「ホントかよ」
ここは小学生コースがある学習塾の前。
夕方、ちょうど授業を終えた子どもたちが出てきては、不審な目を向けてくる。
「コレもう、私たちが誘拐犯だと思われますよ」
「なんでさ。こんなに善良な顔した好青年を捕まえて。美男美女コンビへの羨望の眼差しに決まってる」
「イケメンなのは認めますけど、糸目は悪役って相場が決まってるんで」
「なんだと。君がボニーで僕がクライドか」
「誰だよ」
トムとジェリーなら知ってるけど。
それはどーでもいい。
気になったらあとで調べればいい。
問題は
「おい花瀬花恭。なぜここで立ち止まる。赤信号でもないのに」
「急にフルネームじゃん」
彼は問われても青信号を渡ることなく、
対岸の歩道を行く小学生たちを眺めている。
「まさか本当に誘拐する気!?」
「ボニー アンド クライドは銀行強盗だよ」
「そうじゃなくてですね」
とはいっても、一応人間の味方っぽいのが花恭さん。
さすがにそんなことしないはず。
逆にやりそうなのが、
「まさかここで七輪使うとか言いませんよね!?」
悪いことはしない(ちょっとするかも)けど、常識はない。
ソレがこの男の常だ。
今度は軽口じゃなくて切実に聞いてみると、
こっちを見もせずしれっと
「時と場合によるかな」
言ってのけやがった!
「そんな時と場合は存在しません!」
妖怪のことに関してはへーへー聞いてる側だけど。
ここは一つ、社会常識を説教してやらねば!
『人に迷惑を掛けない、楽しいバーベキュー』の作法を伝授しようとした矢先、
「しーっ」
「なんですか!」
花恭さんは口の前に人差し指を立てて、私に顔を寄せる。
「静かに。
尻尾出したよ」
「は?」
理解が及んでいない、って顔と声にも出てたんだろう。
彼はその人差し指で、今度は小さくある一方を指した。
誰かにバレないよう、体で隠して。
私もこっそり目で追うと、
電線にカラスが止まっている。
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