量産型エ◯゛ァ
その後も花恭さんは、タワマン立ち並ぶ上流階層の生息域へと突き進む。
私たちみたいな、物理的に下界の住民が立ち入っていい場所じゃ……
待てよ?
でもよく考えたら、私は正真正銘、下界の大学に通う(夏休み中)小市民だけど
花恭さんは傾きかけた『はる』の負債に個人で融資してくれるほど。
もしかしてこの人は、私とは違ってここに入る資格がある?
現代社会で選ばれしお貴族さまなの!?
「どしたの小春さん、難しい顔して。淀駅でよく見る顔だよ」
「淀駅は知りませんけど」
いや、どうでもいいや。
この人がどんだけリッチだろうと身分があろうと関係ない。
どう見ても中身は私と同じ俗人だもん。
いや、見た目というか服装は浮いてるけど。
それより重要なのは
「で、こんなとこに何しに来たんです? 住んでるんですか?」
「いやいや、そんなんじゃないよ。僕、学芸大学駅周辺だし。引越しの予定もないよ」
ちょっといいとこ住んでんじゃん。うらやましい。
というのは置いといて。
神保町いいところですよ。神保町ラブ。
「じゃあ何しに来たんです。上級国民を僻みでシバき回しに?」
「いや、単にタワーマンションってのを見てみたかったんだ。京都は条例で、こんな高いのは京都タワーくらいしかないし」
「あ、そうなの」
花恭さんは視線を少し上げて楽しそう。
田舎のおのぼりさんみたい、とまでは言わないけど。
よそから来た人には何が刺さるか分からないものね。
それに返す返すも私だって、ここじゃ下界のおのぼり。
一生縁がないだろうタワマン界隈の街並みを、目に焼き付けるのも悪くない。
結果、二人してキョロキョロしながらうろつく不審者に。
ここが池袋だったら麻薬の運び屋と思われるかも。
池袋いいところですよ。
それはともかく、
高級そうなパン屋や
おしゃれなカフェや
試着すらすることはなさそうなブティックや
高校生クイズとかで見るところに進学実績出しまくってそうな塾とか
私たちとは次元の違う料理人がいそうなイタリアンなんかを通り過ぎて
タワマンを見上げる角度が45度を越えたころ
「あ」
ふと視界に入ったのは
「セレブもコンビニとか行くんだ」
見慣れた青い看板。
なんかちょっと安心する。
そう、見慣れた
「んー?」
「どしたの」
「あ、いえ、なんでも」
「ふーん」
私は感じたことを言わなかった。
正直バカにされると思ったから。
逆に花恭さんが同じことを言ったら、バカにしてしまうと思うし。
それは、
なんかこのコンビニ、
見たことあるな……
もし口に出したら、すかさず
『そりゃそうでしょ。全国どこにでもあるチェーンじゃん。海外から来たの?』
とか笑われる。
でもなんか、そういうことじゃない。
この、周囲の街並みと合わせてこう、見覚えのあるレイアウトというか。
いや、それだって世間にコンビニがいくつあるの。
似たような立地のはいくらでもあるだろう。
第一、私はこんな金持ちの界隈に踏み入ったことはない。
さっきまでのおのぼりムーブが何よりの証拠。
見覚えがあって当然かつ、まったく知らないコンビニなんだ。
そう自分の中で整理を付けていると、
「ふーん」
花恭さんのいつもの鳴き声が、ちょっと遠くで聞こえた。
視線を戻すと、彼は私がぼーっとしているあいだに先へ進んでいたらしい。
連れ回しといて置いてかないでよ。
でももっと問題なのは、
「ちょちょっ、何してるんですか!」
「摩利支天……」
「摩利支天でも毘沙門天でもなんでもいいですけど!」
慌てて駆け寄ってみれば
花恭さんがゴミ捨て場のネットを捲り上げていること。
「さすがにそれはヤバいですって! いくらなんでも、セレブの家庭ゴミ漁るのはさぁ!」
「そういや昭和のころ、週刊誌がアイドルの使用済みナプキン漁ってたね」
「え、なにそれ、キモっ」
ドン引きを禁じ得ない。
ドン引き。
鳥肌ヤバい。
マジキモい。
「僕がやったんじゃないって」
「今してるのは同レベルのことですよ!?」
「まぁまぁまぁ。セレブのタワマンだったら、ゴミ捨て場は敷地内のはずだよ。だからこういう路上にあるのは、別んとこのでしょ」
「そういう問題じゃなくてさぁ! なんでこんな倫理観ないことするかなぁ!」
「妖怪食べてるしかな?」
「過去を教えた相手にソレは、禁止カードです」
にしても、ちょっと変だ。
花恭さんだってお金は持ってる。
少なくとも、他人のゴミを漁らなきゃならないような生活はしていない。
さすがに趣味ってことはないでしょ。
「いったい何がしたいんですか。こういうとこは防犯カメラ付いてたりしますよ? 滅多なことしたら」
「羽が落ちてる」
「え?」
疑問に対する答え。
花恭さんは、ゴミ捨て場を指差す。
「いや、カラスの羽が落ちてるなぁ、と思って」
「あー」
視線を向けると確かに、そこには1本黒い羽が落ちている。
「ゴミ漁りに来たカラスが落としていったんでしょ。よくあるよくある」
「そうだね」
「まさか拾って羽ペンにするとか言いませんよね? 小学生じゃあるまいし」
「そんなことしないよ。ただ」
ふと気付く。
普段ヘラヘラした態度の目立つ花恭さんが、やけに淡々としている。
愉快犯的に漁ってたなら、もうちょっとはしゃぐタイプだと思う。
「ただ?」
「なんかちょっと変じゃない?」
「変?」
言われてもう一度目を凝らす。
「んー、ネットの内側に羽が落ちてるって?」
「いや、そこじゃないなぁ」
「ふーん」
じゃあなんだろう。
変。
間違ってる?
あり得ない?
違和感?
「あ、
この羽、なんか大き……」
ポロッと口から出た瞬間だった。
『ガアッガアッガアッ!
ガガアッ! ガーッ!!
ガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガアガア!!』
「うわっ!?」
「うるさ」
鼓膜が震えるのを体感する大合唱。
思わず音のした方を見ると、
大量のカラスが電線に集まって、
全羽が真っ直ぐこっちを見ている。
「わわ、なになになに!」
なんならまだまだいる。
頭上でぐるぐる旋回しているヤツもたくさんいる。
あまりの光景に、開いた口が塞がらない。
逆に無表情で見上げる花恭さんはというと、
「そういえば小春さん、仕込みがあるんだったね」
「え!?」
カラスの大合唱にかき消されそうな、静かな声で
「豊洲でサバ買って帰ろうか」
淡々と、ワケの分からないことをおっしゃった。
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