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デートなんてかわいいもんじゃない

 昼下がりの『小料理屋 はる』、独特の匂いが漂う。

 別に異臭とかじゃない。


「おおー。いいね、このゴーッて」

「バーナーって、一般家庭にはないからお店の醍醐味かもですね」


 ただのガスの匂い。

 それと何かが(あぶ)られる匂い。


 そして、


「女将! お酒は!?」

「今日のはちょっと強めに締めてるから、新潟のまろやかで懐が深いのを」



 特製の〆サバ。



 青魚の焼ける匂いは『いい』『キツい』より、

 やっぱり『独特』って表現が合う。

 ガッツリ焼きを入れてないから、控えめなだけなのはあるけど。


()()()()()にレモンをチョイ垂らし〜の〜、よし、いただきます」


 炙られてなおツヤツヤピカピカのサバが、赤茶色の箸で運ばれていく。

 キレイなコントラスト。


「どうです? 食べたくて仕方なかったお味は」

「グー!」


 花恭さんは親指を立てて笑う。


 そう。今日の〆サバは、店で出すメニューの味見じゃない。











「そういや小春さんって、魚の仕入れはどうしてるの」


 と、花恭さんが聞いてきたのは2日まえの昼。


「やっぱり朝早くから築地とか行って目利きすんの」

「築地は豊洲に移転しましたよ」

「そうだっけ」


 ニュースにもなってたでしょ。

 関西だから東京に疎いとかは関係ないと思うんだけど。

 ま、存在が浮世離れしてるしね。


 そんな彼は冷やし中華をズババッと啜り、それから話を続ける。


「で、どうなの? 『午前4時。女子大生店主の1日は卸売市場で始まる』とかなの?」

「なんですかそのナレーション。あとそんな時間に起きてたら、私いつ寝るの」


 こちとら1時まで営業して、そこから後片付け。

 ひと息ついたりお風呂入ったりしてたら、仮眠しか取れないじゃん。


「昼まえとかですよ」

「えー? そんなんでいいの?」


 彼は目を丸くしながら、錦糸卵とハムで自家製梅干しサワー飲んでる。

 厳密には梅漬けなんだけども。


「ああいうのって、他のお客も来るんでしょ? いい魚は早いもん勝ちじゃん。残り物でも福ないよ? さびれた借金まみれの小料理屋には、そのくらいがちょうどいいか知らないけど」

「さびれてないわ! ボロカス言って!」


 借金だって経営失敗じゃなくてぬらりひょんのせいだもん。

 私はちゃんとやってる!


 よね?


 は、さておき。


「その心配はありません。おじいちゃんの引き継ぎですから。コネでいいお魚は取り置きしといてもらえるんです」

「ふーん」


 寿司職人でも名店に弟子入りするのは、技術を教わるだけじゃないってね。

 それと同じこと。


「そもそも町の小料理屋ですし。銀座で1貫3,000円のマグロ競りに行くでもなし。急ぐことないない」

「ほーん」


 花恭さんはサワーの中の梅漬けを箸で崩す。


「じゃあ小春さんは目利きとかしないの」

「ですね」

「そもそもそういうのは専門外な感じ?」

「おじいちゃんに教えられたことはありますけど。でもやっぱり、魚のプロが目利きした方が確実だろ」

「へへぇ〜」

「なんですか」


 花瀬花恭、なんたる腹の立つニヤニヤ!

 嫌な予感がする!


 さらに繰り出される言葉は、


「だったらソレ、見たいなぁ」


 やっぱり!


「なんでですか」

「自信」

「ありません。仕込みもあるので」

「いいじゃんいいじゃん」

「隠し芸じゃないんですよ?」


 かと思えば、からかうだけにしては食い下がる。


「なんですか。そんなに魚の目利きについて学びたいんですか?」

「いや? 正直ちっとも興味ないんだけど、豊洲に行ってみたい」

「そんなこったろうと思ったよ」


 ぬらりひょんを追ってるっていっても、せっかくだもんね。

 観光だってしたいよね。

 誰だってそう。


 そして、花恭さんがこういうパターンのときは


「ねぇねぇ、一緒に行こうよ。案内してよ」

「調べて一人で行けよ……」


 こっちが折れるしかない。






「仕込みありますし、長居はしませんからね」

「あ、そうなの? じゃあ玉子焼き食べたい」

「魚! 目利き!」


 結局花恭さんを豊洲までガイドすることになった。

 と思えばコレ。


 やっぱりだよ!

 ガッカリだよ!


「いいじゃん。こんなの半分食べ歩きストリートでしょ? 好きなもの食べさせてよ」

「何も間違ってないけど腹立つな……!」

「牛丼屋はないのか」な

「ここ豊洲! 魚! 食べ歩き!」

「分かってないなぁ。魚河岸(うおがし)と言ったら牛丼だろうが」

「意味分かんないから!」


 言動の無茶苦茶さもそうだけど、世界観に着いていけない。


「ウナギはあるかなウナギは」

「また絶妙に豊洲じゃなくても食べれそうなのを。

 まぁいいや。東京の名物は大体ありますから、勝手に楽しんどいてください。私はせっかくなので仕入れでも」


 だったら着いてく必要ないよね。

 こんなこともあろうかとの保冷バッグを広げると、


「……なに」

「いやぁ?」


 花恭さん、それはそれで許してくれない。

 右へ行こうとすると右に、左へ行こうとすると左に。

 進路妨害、逃がさない構え。


「別に私買い食いしませんし。自由行動でいいでしょ。まさかパシリをやれと?」

「そこまでは言わないけど。生魚買ったら、さっさと帰らなきゃダメじゃん?」

「いや、どのみち仕込みあるから、さっさと帰りますけど」

「僕このあと行きたいところあるんだよね。エスコートしてよ。道、不案内なんだ」

「私だって江東区詳しくないですよ」


 と抵抗は試みたけど、お察しのとおり。

 さっきの繰り返しになるけど、こっちが折れるしかない。



 花恭さんも一応気を遣ったのか、

 買い食いはウナギの肝串5本とビールだけ買って切り上げたけど。


 それができるなら、普段からもっと譲歩して。






 で、花恭さんの『行きたかったところ』。

 どこを案内させられたのかというと、


「ダイバーシティ東京ですか? それとも富岡八幡宮?」

「いや、そのへんは別にいいや」

「えぇ……」


 近くの名所ってわけでもなく、



「こっちだこっち」

「自分で道分かってんなら私いらないじゃん!」

「いや、道は分かってない。ただ()()()()からそっち向かってるだけ」

「見えてるぅ? どこにぃ」

「ほら、アレだよアレ」

「アレって、



 タワマンですか?」



 なぜかタワーマンションが立ち並ぶ、高級住宅地だった。



 こんなところで、何するつもりなの?

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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