表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/109

危険は対処するものではなく避けるもの

 都内のある小学校、3年2組。

 14時30分過ぎの教室では、帰りの会が行われている。


 担任の30代くらいの女性教師は教卓に手をつき、


 何やら深刻な顔をしている。


 乱暴者のAくんがCさんを泣かせたのか

 集団でのJくんへのイジメでも発覚したのか

 突然エヌ氏が奇行に走り、窓ガラスを粉砕したのか


 どれも担任からすれば大事件だが

 今起きていることは、それらが()()()()思えるレベルのもの。


「えー、ニュースにもなってるし、校長先生も放送で言っていたけれど。



 最近このあたりで、子どもの行方不明事件が起きています。



 もう4人の子どもが行方不明になっていて、みんな君たちと同い年くらいです」


 普段はざわざわして話を聞かない子どもたちも、今日ばかりは真剣な表情。

 椅子の上で恐怖に縮こまっている。


「これから下校になりますけど。みんな寄り道せず、真っ直ぐおうちへ帰ること。分かりましたか?」

「「「「「はーい」」」」」


 子どもたちの声は、揃ってはいるが元気がない。

 まぁここでハイテンションだと勝手に遊びに行きそうで不安になるが。


「じゃあ先生もパトロールに出ますから、教頭先生が教室に来たら、帰ってください」


 教師陣も厳戒態勢。

 高学年が6時間目のない日は、毎日集団下校になっているほど。


 担任が緊張の面持ちで教室から出ると、


「やだー! 怖いぃ〜!」

「絶対誘拐だよね? 早く犯人捕まんないかなぁ」

「最近全然遊びに行けてねぇよぉ」

「ねぇ聞いた? 誘拐された子どもは海外に売られちゃうんだって! それで、内臓取られたり知らない人の子どもにされちゃうんだって〜!」

「きゃ〜!」


 子どもたちも騒ぎまくる。

 変な噂で恐怖を煽っている子はともかく。


 騒ぐことで体の中の詰まった空気を、物理的に追い出しているのだろう。


 そんな喧騒の中で一人、


「はぁ」


 ため息をつく少女がいた。











「ただいまぁ」

「お帰りなさい」


 教師たちの心配をよそに。

 不審者が現れることはなく、子どもたちは無事家に帰ってきた。


 少女もその一人。

 2階建ての立派な戸建てのドアを開けて中に入る。


 とりあえず一安心

 と言いたいところなのだが。


「手洗いうがいしてきなさい」

「う、うん」

「……どうかしたの?」


 いつもならすぐ洗面所へ向かう少女。

 何やらモジモジして様子を窺う姿に母親も気付いた。


 しかし、


「あの、えっと、あの、ね? 今夜の」

「あー、何か見たい番組があるのね? 録画しておいてあげるから、安心しなさい」

「その」

「ほら、なんて番組? この『ワンちゃんネコちゃん動画スペシャル』ってヤツ?」

「あ、うん……」

「まったく、なんで犬は『ワンちゃん』なのに猫は『ニャーちゃん』じゃないのかしらね」


 母親はブツブツ言いながらテレビをつける。

 少女はその背中を数秒見つめていたが、


 やがて洗面所へ向かった。






「はぁ、言えなかった」


 その後少女は2階の自室で、勉強机に突っ伏していた。

 カレンダーをチラッと見れば、今日の日付に憂鬱な赤のペケ。

 実に週の半分を埋め尽くしているソレは



 塾の日である。



 少女の父は医者だ。

 そして医者の親は子を医者にしたがる。


 人生の勝ち組になりやすいこと

 勉強ができればなれる、特別才能のいらないエリートであること


 身をもって知っているということだろう。

 勉強ができるのも才能という説はあるが、彼らには届かない。



 というわけで両親は、少女を将来医者にしようとしており、


 その第一歩として、まずは中学受験をさせようとしている。


 そのため彼女は進学塾へ通わさせられている、ということだ。



「嫌だなぁ」


 少女は思わずつぶやいてから、慌てて振り返る。

 もしドアが開いていて、母親にでも聞こえていたらまた説教される。


 そう思うと、嫌というより悲しくなってきた。


「こっちはそれどころじゃないのにな」



 正直言って、もちろん塾も勉強も嫌いだが。

 同じく中学受験を考えている家の子にすら


『えー!? もう塾行ってるの!?』

『ウチのママは5年生くらいから勉強しようねって言ってたのに』


 と驚かれたときは、心底ショックを受けたが。


 だが、それはまだいい。

 問題は


「怖いなぁ。行きたくないな」



 ここ最近の児童誘拐事件の話。



 学校の先生も『出歩くな』と言うほどの状況で、

 一人で出掛けて、しかも帰りが遅いのはとても怖い。


 夏なら夕方でもまだ薄明るい、とかいう話ではない。


 何より、


 ニュースになっているから、知らないはずはないのに



『何かあったら危ないから、休んでいいよ』



 親がそう言ってくれない。

 そのことが、大事にされていないようで悲しかった。


「お父さんもお母さんも、私なんかより勉強の方が大事なんだ。私がお医者さんになる『せけんてー』の方が、私の無事より大事なんだ。

 私が勉強できない、お医者さんになれないなら、私なんかいらないんだ」






 16時から18時。

 2時間の塾が終わり、駅に行って電車に揺られて駅で降りて


 家路を行く今は、もうすぐ半になろうかというところ。

 19時からの犬猫番組には、夕飯を早く食べ終われば間に合いそうだ。


 正直どうでもいいけど。



 それとは関係なしに少女は小走り。


 まだ日没ではなかろうと、街はじわじわ薄暗い。


 区画整理で十字路の多い住宅街、



 あの角から誘拐犯が現れはしないか、と思うと……



 勝手に想像して震え上がった彼女は、目を伏せて速度をあげ、



「きゃあっ!?」



 急に角から飛び出してきた影に悲鳴をあげる。

 危うくぶつかりかけたソレは、


「な、なんだ、猫ちゃんか」


 幸い全裸にコートのおじさんとかではなかった。

 向こうもびっくりしたのか、フシャーと威嚇もせずに走り去っていく。


 猫も自分も無事でよかった。

 蹴ったらかわいそうだし、車だったら危ないところだった。


 少女がホッと胸を撫で下ろしていると、


「ん?」


 また、目の前に黒い影が。


 しかし今度もまた、別に怪しい成人男性などではない。

 どころか、猫なんかより圧倒的に小さい、



 ヒラリと、

 頭上から降ってきた羽根──











『ニュースです。東京都文京区の住宅街で、少女が行方不明になる事件が発生しました。


 高部(たかべ)智慧(ちえ)ちゃん12歳は2日まえ、塾の帰りに行方が分からなくなっており──

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ