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氷の尋問

『聞きたいこと、だと?』


『何を今更』って顔。

 余裕ぶった態度も恐怖も、いっそどこかへ飛んでいくくらいに。


「そうだ。素直に答えないと、身のためにならないぞ」


 花恭さんはプラプラと上下にフォークを振る。


『キサマが私に聞くことなどないと思うがな。あぁ、「吸血鬼を増やしてしまったか」とか、そういうことか?』

「それもいいけど、先に聞きたいのは別のことだ」


 行儀悪く揺れていたフォークが止まると、


「っ」


 私みたいな戦いも霊感とかもド素人な人間でも分かる。


 花恭さんの雰囲気が、冷たいというか、怖くなった。



「まず一つ。オマエがここにいて、こんなマネをするのはアイツの差し金か?」



 それが逆に吸血鬼にも緊張感を取り戻させたらしい。

 取り繕った余裕を醸し出す。


『アイツ? 誰だねソレは。私は私の意思ウグッ!?』


 軽い態度の言葉が終わらないうちに。



 花恭さんは目にも止まらないスピードで、

 巻き付いているニンニクから一房取って、相手の口に突っ込んだ。



『あぁぎゃあああああああ!!』

「ホントのことを言わないと、ロクなことにならないぞ」


 そのまま相手のアゴをつかみ、強制的に咀嚼、飲み込ませる。


 皮も剥いていない生を丸ごと。

 人間だってキツい。

 切実に弱点な吸血鬼からしたら、拷問だと思う。


『ゲホッ! ガハッ! ヴエッ! 本当だ! 本当に知らない! アイツって誰だ!』


 憎らしい吸血鬼だったけど、さすがにちょっと見るに耐えない。

 何がどう作用したのかは分からないけど、


 顔や皮膚はみるみる土色。

 右を下に倒れている体を痙攣させて、エビのように丸めたり、逆に()()ったり。

 口からは血の混じった唾液や吐瀉物が出てる。


 思わず目を逸らすと、


 一瞬見えた、しゃがんでいる花恭さんの横顔。



 ベトナム戦争の映画で、罪のない村人を虐殺するシーンでも見ているような

 激しい憎悪に満ちた目をしていた



 気がする。

 一瞬だし、ラブホ独特の照明で影になっているから、見間違えただけかもしれない。


 だけど、

 妙に低く、ザラついた声が答え合わせみたいなもの。



「アイツ。『ぬらりひょん』だ」



 私の店が潰れかけた元凶

 ってイメージが強いけど。


 確か花恭さん自身も『狙っている』と語っていた相手。

 初めて会ったときも、



『ぬらりひょん、もう逃げたか』



 アイツを追って現れたんだ。


「最近妙に、この界隈で妖怪の事件が多い。かと思えば、このまえアイツを見掛けた。


 アイツがここに集めてるのか?」


『し、知らない……』

「特にオマエなんか、日本にはいない海外の妖怪だ。流水、言ったら海を渡ってくるのも厳しい(いわ)れすらある。アイツに呼ばれたか」


 花恭さんが次のニンニクを手に取ると、


『知らないっ! 知らないっ!!』


 吸血鬼は涙を流しながら、激しく首を左右へ振る。


『私は本当に、自分の意思と興味で日本に来たんだ! 今なら飛行機で「空を渡れる」! 入国審査なんか魅了(チャーム)で突破できる!』

「そうか」

『オマエの言うとおり、私は西洋の妖怪だ! 東洋のヤツと接点なんかない!』

「それもそうだな」

『うぶっ、ゲボあっ!』


 またも血の塊を吐く吸血鬼。

 もう呼吸もヒューヒュー鳴っていて、今にも死にそうな感じ。


 なんなら早く楽にしてあげてほしいくらいだけど、

 花恭さんはまだフォークの先を相手に向けたまま、進めることはない。


「もう一つ質問」

『なんだ……』


「山下由岐子(ゆきこ)


「っ」


 それは亡くなった山下さんのフルネームだ。

 面識は一切ないのに。

 彼の声には、なおも怒りが滲み出ている。


『ほう……その名前……』

「食ったのはオマエか」


 そういえば、そこはまだ確定させていなかった。

 現状分かっているのは、


『山下さんは吸血鬼に殺された可能性が高い』

『目の前のコイツは吸血鬼』


 この2つ。

 そしてそれは、そのまま


『山下さんを殺した吸血鬼はコイツ』


 とイコールで繋がらない。

 ついさっき『吸血鬼は増える』と聞いたところだし。


 でも。

 その問いにヤツは薄っすら笑う。


 毒の苦しみで朦朧としてきたのもあると思う。

 どうせ死ぬならと、一周まわって落ち着きが出てきたのもあると思う。


 だけど何より、



『あぁ……私が食ったよ……』



 人間をいいように支配してやった


 気分のいい記憶なんだろう。


『チョロいものだ……仕事で家庭を(ないがし)ろにして、それで夫と冷え込んで。

 そういうヤツは魅了(チャーム)もいらないくらいだ……誰でも出任せで言える、優しい文句でコロッと落ちる……』


 吸血鬼は仰向けになった。

 語っているうちに酸素を消費して、肺を圧迫する姿勢がキツいのかな。


『ククク……若い美女ならともかく、年増の自分に若い男とのロマンスがあるとでも? 身のほどを(わきま)えろと……』


 しつこいくらいの、山下さんを侮辱する言葉の連続。

 カッと頭に血が上った瞬間、



「オマエがな」



『ガッ』


 花恭さんは仰向けの心臓のあたりへ、ゆっくりと深くフォークを差し込む。


 吸血鬼は短い唸りのあと、目を見開き、口から血とツバを流したまま



 なんの力も入っていない、全てから切り離された表情で動かなくなった。



 それを見届けた彼は、またゆっくりした動きで立ち上がる。


「花恭さん」

「やったのは僕だけど。よかったね小春さん、常連の仇は取れたよ」

「それは、はい」

「あぁ、でも、『吸血鬼増やしたのか』とか聞くの忘れたな」

「そうですね」

「なんだい、暗いね」


 振り返った花弥子さんは、静かに微笑んではいるけど



 そりゃそうもなるよ。


 コイツを殺したところで、山下さんは帰ってこない。

 それはどうしようもなく寂しいし、


 だからこそ、面識なんてないに等しい花恭さんが、彼女のために。

 彼女と知り合いの私のために。

 怒って行動に移してくれたことは、素直にうれしかったし、


 でもそれ以上に、



 ぬらりひょんについて問い詰めているときの、花恭さんの雰囲気、表情。



 山下さんのことでの怒りも、ただの余波なんじゃないかと思うくらい、

 そのくらいの剣幕、憎悪。


 初めて私の前で見せた、激しい憎悪。


 私が知らない、花恭さんの何かに染み付いて燃える憎悪。



 暗くなるっていうか、どう思ったらいいのか、何を思えばいいのか

 どう整理をつけたらいいのか。


 言語化できない困惑に襲われくらいはするよ。



 そんな状態を察したのか。

 彼は場を打ち切るように、にっこり笑って宣言した。


「さて、ドア破壊が従業員さんにバレないうちに、ズラかろうか」

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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