チェーン・マイン
『そうともさっ!!』
男は答えるや否や
花恭さんへ飛び掛かる。
私みたいな一般人からしたら目にも止まらない速さ。
だけど花恭さんはより速く、その脇をすり抜ける。
素早く立ち位置が入れ替わって、私の前で肩膝立ち。
吸血鬼から壁になってくれるポジションに。
っていうのは全部、一連の動きが終わってからの脳内補完。
「ただいま」
「お帰り、って状況ですか?」
「そうだね。おうちに帰るまでが遠足だ」
目の前に怪物、緊迫していてもこの余裕。
改めて安心感がすごいけど、
『チッ、チョロチョロと。すばしっこい』
一方、恨めしそうに振り返る男は。
右手を引っ掻くように振ったらしい。
「きゃあっ!」
空振ったソレはベッドに深々と突き刺さっている。
あのベッド、どれだけマットレスが分厚くて反発力があったか知ってる。
改めてとんでもない腕力。
吸血能力なんかなくても、人をボロ雑巾にできるバケモノだ。
花恭さんがお姫様抱っこで避けさせてくれなかったら……。
何よりアイツ、もう美男子感はカケラも残ってない。
血走った目、鬼気迫る表情。
シャツを突き破って生えた、大きいコウモリみたいな翼。
威圧感がありすぎる。
普段ならまだしも、今日は花恭さんも丸腰。
いったいどうするつもりなの?
勝ち目はあるの?
思わず生唾を飲む、その音が嫌に大きく鼓膜に響いたそのとき
ドサッ、と
それをかき消すような音がした。
思わず左を見ると、花恭さんがバッグを床に落としたらしい。
最初ホテルにいたとき、飲み食いしたのが入ってたヤツ。
ただ、絶望で力が抜けたとかじゃない。
ここからが本番と戦闘モードに入って、邪魔だから手放しただけだ。
この状況で不敵に笑う彼は、負けじと犬歯を剥き出しにする。
「さぁ来い。戦い方を教えてやる」
ちょっと挑発的すぎない?
大丈夫?
『戦い方、だと?
ほざけっ!!』
吸血鬼も気に障ったみたい。
一気に飛び掛かってくる。
だけど、ヤツが花恭さんに一撃を見舞うより早く、
彼はさっき足元に落としたバッグへ手を突っ込む。
でもそれ、使用済みの食器と、
『これはあとにしよう』
って、その場で食べなかったのくらいしか入ってないはず。
もちろんいつもの仕込み刀みたいな武器は入ってない!
そこから花恭さんが引っ張り出したのは、
「え?」
BSとかでやってる旅番組で、スペインやイタリアの八百屋をイメージしてみよう。
そしたら大体あると思う。
箱に入れられたトマトやナスとは別で、
軒先で、縄に一直線で吊られた、大量のニンニク。
インテリア兼実用で店用に買ったヤツ!
アレ持ってきてたの!?
いや、確かによく『効果バツグン』って聞くけど!
「すぁっ!」
ツッコむ間もなく花恭さんはソレを振りかぶり
鞭のように繰り出して、吸血鬼を迎撃する。
『うおっ!?』
見事に相手の左肩へ、斜めの角度で命中すると
そのままグルリと巻き付いて
『グアアアアア!!!!』
「あんなので効いてる!!」
体を縛り上げる。
吸血鬼は悲鳴をあげ、『気を付け』の体勢で硬直。
そのまま床へ倒れ込む。
でもあのニンニクセット、そんなに長かったっけ?
まさか冷蔵庫のも全部持ってきて繋げたのかな。
店長代理として当然の疑問と困惑を他所に、花恭さんは腰に手を当て大笑い。
「あーはっはっはっはっ! 動けまい!」
「ニンニクってそういう効果でしたっけ? こういう使い方だっけ?」
「効いてるからいいの」
「そんなファジーな」
「だって相手がファジーな存在だし」
「それはそう」
けど開き直らないでほしい。
効かなかったらどうするつもりだったの。
まぁ『河童は皿が弱点だから膝の皿割った』よりは納得できるしいいや。
勝ったらなんでもいいや。
「言っただろ? 『さぁ来い。戦い方を教えてやる』って」
「それ言ったのは負けた方なんですよね」
動けない吸血鬼を見下ろし、ご満悦の花恭さん。
「じゃコンタクト外してくる。小春さんも外していいよ」
いくらなんでも油断しすぎでは、と思うほどの余裕っぷりだ。
せいぜいニンニクが巻き付いているだけで、縛ってもないよ?
これで本当に動けないんなら、なんだか哀れな生き物だ。
吸血鬼って生き物かな?
「あー、目ぇさっぱりした」
花恭さんは洗面所から、目薬片手に戻ってきた。
私も外したのを、捨てていいか分からなくて返却する。
「このコンタクト、なんだったんですか?」
「吸血鬼には『魅了』を使うヤツがいる。だから目に術を張って防御するんだ」
「そうなんだ。プロっぽい」
「プロだよ」
プロさまは一人掛け用のソファへ。
両膝に肘を付いて、ヤクザみたいに乗り出す。
「僕は全てを計算して動いている。ありとあらゆる、森羅万象が計画どおりさ」
「じゃあラブホはなんの計算だったんですか」
「ふふん、いいところに気付いたね」
『クソッ! 殺すならさっさと殺せ!』
「あ、しゃべれるんだ」
床に転がる、冷凍マグロみたいな体勢の吸血鬼から苦情が入る。
だけど花恭さんは完全無視。
「吸血鬼が血を吸うにあたって、非常に大事なファクターがある」
大事なファクター。
しかもそれが流れ的に、ラブホテルに関連すること。
となると、
「性行為?」
「ま、ニアピンだけど正解でいいでしょう。
正確には『童貞』『処女』か否か」
「あー」
それは確かに、聞いたことがあるかも。
イメージもしやすい。
「なんかホラーファンタジーとかで、『処女の血はうまい』とか言う怪物出てきますよね」
「ま、今回は逆だけどね」
花恭さんは腕を組んで頷く。
「逆」
「伝承によると。吸血鬼に血を吸われた童貞・処女は、新たに吸血鬼となる」
「へぇ。じゃあ仲間が増えて、いいことずくめなんじゃ」
「増やしたかったらね。でも自分だけの狩り場、縄張りを確保したい場合には邪魔だ」
「あー」
「迂闊なヤツが増えれば、存在がバレる可能性も上がるし。なんのため闇に紛れて生きているのか」
『そうとも。ククク』
当の本人が答え合わせに相槌を打つ。
暇なのかな。
「だからラブホテルだ。ここで出待ちしとけば、相手は証明済みの非童貞・非処女。最近山下さんを食ったんだ。新しい獲物を探すなら、こういうところにいるだろうと」
「なるほど」
「重ねて言うけど、ヤラシイこと考えてたワケじゃないんだよ」
「それは分かりましたって」
しつこいな。
逆にちょっとくらいは考えてもよくない?
花恭さんはソファから立ち上がると、カバンの方へ戻ってくる。
「だから山下さんが言ってた、『同世代の女社長がよく亡くなってる』に繋がるわけだ」
「一定の年齢で社会的地位のある人なら、経験はあるはずって?」
「重ねて、持て余してる人なら釣りやすいしね。それに相手は金持ち、普通に遊ぶのも楽しめる。
そりゃ食べるんだったら若い女性の方がいだやろうけど。
非常食として長くキープするには都合がいい」
『人間は牛肉のオスかメスかにあまりこだわらんそうだがな』
クククと笑う吸血鬼。正直イラッとする。
でも家畜を持ち出されると、人間がどうこう言える立場かは分からない。
ただ、そんな細かい倫理がどうとかいう話は置いといて、
敵なら抵抗し、討ち果たす権利があるはずで。
花恭さんはバッグからフォークを取り出す。
『マイフォーク』と言って持ってきた、飲み食いするのに使ってたヤツ。
「おい吸血鬼。見たら分かるだろうけどな。コレは銀でできたフォークだ。
オマエらの体に、不治の傷を付けてしまうな」
『……ソレでトドメを刺すつもりか』
緊張をなんとか隠して余裕ぶっている、って態度の吸血鬼。
本音で言うなら『早く刺しちゃえ』ってところだけど、
「そのまえに、オマエに聞きたいことがある」
花恭さんは少し違うらしい。
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