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妖怪の正体とラブホテル

「そろそろ話してもらっていいですか?」


『小料理屋 はる』

 ではなく喫茶店の奥の席。


 そこに私たちは腰を下ろしている。


 私はアイスミルクティーで、花恭さんはメロンクリームソーダ。

 帰り道が暑すぎたから、冷房と冷たいドリンクに逃げた。


 一応喪服の人間が入店するのを気にする人もいるらしい。

 花恭さんはジャケットを脱ぎネクタイを外して腕まくり。


 これで一応、パッと見はただのスーツの男性とワンピースの女性

 に見える、か?


 見る人が見れば分かりそう。

 塩は振ったし外から見えない席だから、許してほしい。


「何がだい?」

「何がって」


 花恭さんはマドラーみたいなスプーンでソーダをゆっくり混ぜる。


「忘れたんですか。告別式場で、棺覗いて『気になる』って」

「あーあーあーあー」

「チョコバナナパフェでございます」

「ありがとう」


 注文していたパフェが届く。

 彼は頂点のチョコソースが掛かった生クリームを一口。

 それからようやく話し始める。


「僕仕事柄、ご遺体見ることはままあるけどね」

「はい」

「あのご遺体、



 随分と枯れてた」



 ここで厚めの輪切りなバナナをスプーンで割って一口。

 飲み物クリームメロンソーダでしょ?

 口の中がドロドロに甘くなりそう。


「枯れてる?」

「なんてったらいいかな。痩せ細ってるとかとは違うんだ。お化粧でよくしてあったし、頬も詰めもので()()()()させてたけど。肌がね」

「それは、ハリツヤとかそういう感じの?」

「そうそうそうそう」


 花恭さんはゆっくり頷くと、パフェの下の方、コーンフレークの発掘に掛かる。


「でも脱水で亡くなるとか、そういうレベルの話じゃないんだ。渇いてるどころじゃない」

「枯れてる」

「そう」


 確かにそれは変かも。

 お医者さんじゃないから、詳しくないけど。


 親戚で、入院して食事は摂らずに点滴だけの人を見たことはある。

 確かに一週間とかで随分痩せてしまっていた。


 だけどどんな状況でも、ここまで水分を止められることはまずない。

 水分制限をされる病気でも、死ぬまではやらない。


 しかも山下さんは、1週間まえには元気な様子で『はる』に来ていた。

 たくさん食べて飲んでしていた。


 末期患者にできることじゃないと思う。


「まぁ科学的にできる説明だって、いくらでもあるとは思うよ? でもまぁ、違う方向から疑うのが僕みたいなのの役目だ」


 花恭さんはウエハースで生クリームを掬う。


 こんな話、少しまえなら鼻で笑ってた。


 でも今の私は、妖怪がいることを知っている。


 対応する役割があって遂行されていることに、安心すら覚える。


「それで、どうだったんですか?」


 だからこそ、結果も重要だ。

 妖怪によって人が命を奪われている事実も知った。

 私もやられかけた。


 これが連中の『仕業』なのかどうか。


 すると花恭さんはパフェを食べる手を止め、テーブルへ身を乗り出す。

 あっさり言い捨ててしまわないその動きが、

 私にだけ聞こえるように周囲を()()()()その動きが答え。


「あのね?



 首筋に点、点。虫刺されみたいな痕があった」



 彼は自分の首筋に2箇所、人差し指で触れる。

 縦並びの配列。


 まさかこの流れで夜の事情じゃないはず。

 ということは、


「アレね、化粧で目立たないようにしてあったから、そんな感じだったけど。

 おそらく直接見たらもっと大きい痕、いや、


 穴かなんかだ」


「それってもしかして……」

「お、ここまでヒントがあったら、小春さんも察しが付くか。有名どころだし」


 そう。

 大体の人が知っている、下手な日本の妖怪よりメジャーな存在。

 逆に妖怪の括りでいいのかは分からないけど。


 首筋に2箇所の穴。

 そして『枯れた』遺体。


 昔、バトル漫画のOVAで見たラスボス。

 戦闘中、ダウンさせておいた主人公の祖父にあることをしてパワーアップした。

 そのときの、祖父の体がみるみる干からびていく演出を覚えている。


 ソイツがやった『あること』は

 ソイツの種族名は


「だからね、小春さん」

「わっ」


 花恭さんは急に、私の目と鼻の先まで乗り出してくる。

 な、なに!?

 思考に熱中してたから不意打ちだ!


 でも変な声が出るのは、ここからが本番だった。


「僕はソイツを退治しなきゃならない。そのために、差し当たって」


 そのまま彼は、



 じっと私と目を合わせてくる。

 近いよ。



 だんだんと唇が近付いてきて、


 私の唇

 は外れて少し左。


 今回の事件よろしく首筋

 でもなく、



 そっと耳元で囁いた。



「今夜、僕とラブホテル行こうよ」











 はい。深く謝罪申し上げます。


 こんなふうに語っておいて、オトメな展開はありません。

 助かった。



 その晩『はる』の営業を22時で切り上げ、私たちは歌舞伎町へ突撃。

 早じまいの分の売り上げ減は、花恭さんが借金に付けといてくれるらしい。

 トホホだね。古いな。


 正直、向こうが言い出したことで借金増えるのはアレだけど、


 今回は山下さんの仇討ちでもある。

 仁義の自腹と受け入れよう。



 ということで、私たちはラブホテルに入ったわけだけど。

 花恭さんの


「先シャワー入るね」


 発言で心臓破裂しそうにはなったものの



「一度着てみたかったんだ」


 バスローブ姿を拝んだ以上のことはなし。


 店から持ってきたお酒とアテで二次会始めたり

 無意味にミラーボール回してゲラゲラ笑ったり

 カラオケで騒いだり


 時間潰してたら日付が変わった。



 すると


「じゃ、そろそろ出よっか」

「あっ、はい」


 花恭さんは鏡の前に立ち、目にコンタクトレンズを入れながらつぶやく。


「目、悪かったんですか?」

「いんや、全然? あ、小春さんもしてね、コレ」

「私も視力悪くないし、カラコンも趣味じゃないんですけど」

「いいから。必要だから」

「はぁ」


 視力問題はさておき。

 何事もなくラブホターンは終了した。

 あったら困るけど。






 そして今はラブホを一歩出たところ。

 花恭さんは周囲を見回すと、


 私の肩を抱き寄せる。


「ちょっ!」


 終わってから始まるの!?

 声が上擦ってしまった。


「静かに」


 彼は対照的に、冷たいくらいの小声で囁く。


「いいかい。このまま大通りまで一緒に歩いて、そっから僕は右、君は左だ」

「左右に別れるって?」

「そう。それからは大変だけど、しばらくは歩いて店を目指してくれ。電車やタクシーを使わず」

「わ、分かりました」


 打ち合わせをしているうちに大通りはすぐ。


「じゃあ小春さん、次はいつ会える?」

「え」

「そう振る舞って」

「あっ、そう、そうだね〜!」


 歩道に出ると、花恭さんは必要なのか不明な小芝居を挟み、


「お盆も近くて忙しいし、週末まで会えないと思う。また連絡するね?」

「分かった! じゃ!」


 手を振っていったん別れた。


 私は手筈どおり、大雑把にお店の方を目指して大通りを行く。

 夜の散歩も悪くないけど、楽しんでる場合じゃない。






 それから30分は歩いたかな。

 いつまで歩いてればいいんだろう。

 お店結構遠いから、『帰宅するまで』とかだとキツいんだけど。


 そういえば花恭さん、どこに住んでるのか知らないな。

 向こうから足繁く通ってくれて、まるでマメなカレシみたい……


 いやっ! 勝手にそんな表現して失礼でしょ北上小春!

 しっかりしなさい!


 なんて、暇すぎて余計なことを考えたそのときだった。



「そこのお嬢さん」



「えっ」


 唐突に左側、



 路地から長身でスーツの男が現れ


 私に声を掛けてきた。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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