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告別式にて

「そっか。それは残念だね」


 それから10分としないうちに来た花恭さんは、静かにつぶやいた。

 淡々としてるけど、そもそもよく知らない相手だもんね。

 大袈裟に悲しまれる方が嘘っぽくはある。


「それで明日、会社主催の告別式があるんですけどね? 『おじいちゃんにも線香をあげに来てほしい』って秘書さんが」

「それで小春さんが名代をすると」

「はい。入院しちゃってますし」


 彼はうんうん頷いて先読みする。


「つまり、『明日は来ても店にいない可能性あるよ』ってことだね」

「通常どおり営業はしますから、夜にはいますけど。今日みたいに昼来ても入れないかもしれないので」

「分かった分かった。他所で飲んどくよ」

「たまには肝臓休めたらいいのに」

「無用の心配さ」


 通常の食べ物飲み物から何も吸収しない体質、ズルい。



 まぁとりあえず、必要な申し送り事項は伝えたし。

 明日は失礼のないようにがんばろう。











「……なんでいるの?」

「おはよう」


 翌日の正午過ぎ。

 喪服のワンピースを着て玄関を出ると、


 喪服のスーツを着て花束を持った花恭さんが立っていた。


「え、まさか、来るの?」

「ダメかな?」

「ダメっていうか……、なんで?」


 この場合はいい悪いよりそこ。


「別に山下さんと知り合いじゃないのに。冷やかしで行くものじゃないですよ」

「それは分かってるよ」


 彼は爽やかに微笑む。

 笑うとこでもないんだけど。


「ただ、人が亡くなった直後は妖怪が出やすい。要マークだ」

「何それ。冷やかしよりタチ悪いですよ」


 こんなときまで自分が食べるものの話?

 ていうか、場合によっては山下さんを食べるまである?

 そもそもこの人、山下さんが妖怪になるっていうつもり?


 だとしたら失礼極まりない。

 こちらも少しムッとしたが、


「そっか。じゃあやめとくよ」


 意外に花恭さんはあっさり引いた。


「猫とか気を付けてね」

「猫?」

「古来より猫やソレに類する妖怪が、ご遺体に()()()()()掛ける話は多い。

 馴染みの人のお別れで何か起きたら、悲しいでしょ」

「あ」


 どうやら常識が違うだけで、妖怪の退治屋として気を遣って来てくれたらしい。

 いくら通じにくいとはいえ、誤解で邪険にしちゃった。


 去っていこうとする背中を、このままにしてはいけない。


「いえ、私の勘違いでした。それだったら、せっかく来たんだし一緒に行きましょう。山下さんも喜ぶと思います」

「そう?」


 振り返った表情は、控えめにうれしそう。

 誤解が解けてホッとしたんだろう。

 私もホッとした。


「じゃあ行こうか。僕会場分からない」

「それでこっち来たのね。ていうか、私『何時に出る』とか言ってませんでしたけど。いつからいたの?」

「今来たとこ♡」

「ラブコメかよ」


 もし早めに来ていたとしたら。

 この炎天下を黒い服でネクタイまで締めて待っていたことになる。


 見ず知らずの人の遺体を守るために。

 私の知り合いのために。


「……帰りにお昼でもお奢りましょうか?」

「ホントに? じゃあカツ丼作ってよ」

「私が作るの!? そういえば、こんな日に限って洋服なんですね」

「和装の喪服は仰々しいででしょ? 遺族親族じゃない人が目立ってもね」


 本当、気遣いができるんだか、なんなんだか。






「このたびは本当に……」

「わざわざお越しくださり、ありがとうございます」


 告別式の会場はお寺だった。

 受付を済ませているあいだ、花恭さんは外で山門を眺めている。


「花恭さーん」

「はーい」


 声を掛けると、彼はようやくこちらへ来る。


「……なんかいました?」

「何が?」

「いや、ずっと門見て入ってこなかったから」

「いや、『曹洞宗って書いてあるし、焼香は2回だなー』って確認してただけ」

「あ、そうなんですか。知らなかった。助かります」

「僕がいてよかったでしょー?」

「ははーっ、花恭さまー」


 やっぱりプロがいてくれると助かる。

 今どき宗派による焼香の違いは、あまり気にされないそうだけど。



 そんな話をしているうちに、遺影と献花台、焼香台の前へ。


 やっぱりお金持ちはすごい。

 この炎天下の屋外に、ドライアイス山盛りで保護されたご遺体が置いてある。


 お金掛けても最後のあいさつがしたい、山下さんらしい演出だ。

 体調が悪くはなさそうだったけど、亡くなる直前なのにお店来てくれたもんね。


 そんな彼女は、棺の中では静かに目を閉じ、

 黒い額縁の中ではにっこり笑っている。


 確か会社のホームページでも使ってるのだ。

 このまえ店で会ったときやご遺体より、少し若く見える。

 まぁ私が高校生のころからコレだったしね。


 こうして今現在じゃない、過去に遺されたものを見ると、亡くなったと実感する。

 正直言って私の人生で、濃い立ち位置の人じゃない。


 それでも振り返れば思い出があって、泣くとは言わないけど寂しさはある。


 でもそれは、お店に帰って献杯でもして埋めるもの。

 ここで長々と突っ立ってたら、後ろがつっかえてしまう。


 早く焼香を済ませちゃおう。

 確か2回だったよね、と思ったところで、



「……何してるの」



 いろんな角度から棺の中を覗こうとする、花恭さんの姿に気づいた。


「いやぁ? 何ってほどじゃないけど」

「じゃあやめてください。失礼だし不審者だし。『猫が遺体にちょっかい掛ける』とか言っといて、自分がやったらゃ世話ないですよ」

「んー、花置こうと思ってね。献花台とお棺の中、どっちがよろしいかなって。それでふと見たら、ちょぉっと気になることがね」

「気になる?」


 さっきの焼香で分かるとおり、この道に詳しいんだと思う。

 でもさすがに、ここお寺だし。


「プロがセッティングしてるんですから、間違いはないと思いますよ」

「いや、そういう話じゃないんだけど」


 花恭さんは覗くのをやめると、山下さんの首元に花を置いた。

 献花台があるくらいだし、そっちの方がベターだと思うけどなぁ。


「じゃあどういう話?」

「まぁそれはあとで」


 あの神経でも一応場所を選ぶ話題らしい。

 ちょっと不穏な予感がする。


 花恭さんは澱みない所作で焼香を終えると、私に微笑み掛ける。


「じゃ、塩もらって帰ろうか。そしたらお店で精進落としだ」


 不安を(ほぐ)すような、なぜだか駆り立てる気もするような、

 そんなアルカイックスマイルだった。



 ちなみに、ドライアイスいっぱいの棺を覗き込むのはダメだよ。

 マナーもそうだけど吸い込むと危ないから。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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