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久しぶりの顔馴染み

「いらっしゃいませー! あ!」

「久しぶりね、小春ちゃん」


 今日も今日とて、『小料理屋 はる』を営業していた20時過ぎ。

 引き戸を開けて現れたのは、40代中頃のマダム。


「山下さん! 本当にお久しぶりです!」

「えぇ」

「こちらの席どうぞ」

「ありがとう。生、中ジョッキでもらえる?」

「中? 大じゃなくていいんですか?」

「今日はちょっとね」

「かしこまりました、生中(なまちゅう)一丁ね」


 まずお通しの『九条ネギのぬた』をお出しして、それからビールを注いでいると


「ねぇ」

「なんでしょ」

「僕の知るかぎり初顔だけど、常連さん?」

「あぁ」


 カウンターの一番端にいる花恭さんが声を掛けてくる。

 L字の形で見たとき短い方の端、入ってすぐの壁際が指定席になっている。


 サバの味噌煮に着いてきた梅干しで、蕎麦焼酎の水割りを()っている彼。

 開店前日に知り合ってから、毎日のようにウチへ入り浸っている。


 だから常連になった人物は、基本的に顔を覚えている。

 そのデータベースに該当しない人物。

 それにしては、な会話に違和感を覚えたんだろう。


「はい、生中です」

「ありがとう。あと、『山芋明太の鉄板焼き』お願い」

「はーい!」


 いったんビールを届けてから、私は花恭さんとの会話に戻る。


「ここ最近お見えにならなかったんですけど。山下さんはもう10年にはなる常連さんなんです。」

「ふーん。そういえばおじいさんからの引き継ぎだったね。店に歴史アリだ」

「ちなみに化粧品会社の社長さん」

「そりゃまた」


 聞くだけ聞くと興味を失ったらしい。


「ぼんじり、せせり、ハツ焼いてほしいな」

「はいはい」


 焼き鳥の方がよっぽど気を引くご様子。

 あらかじめ打っておいた串を焼き台に載せ、山芋明太に取り掛かる。


 熱した丸い鉄板皿に山芋のとろろと明太子を混ぜたものを投入。

 焼けたら真ん中に窪みを作って卵黄、あとは海苔を散らして完成。


 これは片手間でできる工程が多いからいいけど、今日も厨房は忙しい。

 うれしい悲鳴だけどバイトがほしい。

 でもそんな余裕ないし、いっそ、花恭さんがやってくれたら……


 思わず視線を向けていると、


「なんだい? もう焼けたの?」

「あ、いや、そんなわけ、ははは」


 バッチリ目が合った。

 迂闊に働かせると借金にされそうだからやめておこう。


 山下さんに話し掛けて誤魔化そう。


「いやでも、本当にお久しぶりです」

「『大作(だいさく)さんが倒れた』『小春ちゃんが継いだ』って聞いて、一度様子見に行かなきゃって。遅くなってごめんなさいね?」

「いえいえ、社長お忙しいでしょ。気にしてませんよ」

「ありがとう」

「それに『継いだ』っていうより臨時なんで」

「なぁんだ、そうなの」


 彼女は上品に笑う。

 それから少し、コレは、アンニュイ?


「確かに忙しくもあったけれど。なかなか来れなかったのはそれだけじゃないの」

「ていうのは?」

「最近お酒控えてて」

「そうなんですか。だからあの酒豪が中ジョッキを」

「あらやだ、そんなこと覚えてたの」


 山下さんは『やだもー』と手を振ったけど、すぐに表情が寂しげになる。


「最近ね? 同世代の女社長仲間が相次いで亡くなっててね」

「それはそれは」

「みんなベッドで冷たくなってて。心臓発作っていうのかしら」

「やり手の社長なんて過労気味でしょうしね」

「そうなのよ、みんなエネルギッシュで活動的な人なのよね」

「それでいうと山下さんもバリバリやってますし、できる健康からってことですね」

「まぁそういうことなのよね」


 でも言葉とは裏腹、山下さんは一気にビールを干す。


「あ゛ーっ! で、節制してきたから! 今日は飲むわよーっ!」

「おおっ、お大尽! でもほどほどにね」

「今日のお刺身、オススメは?」

「イカ、シマアジ、太刀魚ですね。もちろんマグロもおいしいですよ」

「じゃあそれとイシダイで『5種盛り』お願い! 日本酒も高知のいいのを冷やで!」

「はーい!」






「う〜ん、久しぶりに暴飲暴食したわ〜!」

「あはは、『よかった』って言っていいのやら」


 あれから1時間。


 山下さんは途切れることなくハイペースで飲んで食べて赤ら顔。


「小春ちゃん、腕を上げたわね?」

「いやぁ、それほどでも、あるかも?」


 ご満足いただけたようで何より。

 彼女は席をたち、上機嫌でお会計に向かう。

 やっぱりレジ係も含めて、バイトがほしいなぁ。


「電子マネーでいけるかしら」

「えぇ、大丈夫ですよ」

「おいしかったわぁ。今度はカレシと来るわね」

「へ?」

「おっと。じゃあね〜」


 そのまま引き戸の向こうへ消えていった山下さん。

 閉じられた戸をしばし眺めていると、


「小春さん、だし巻き焦げるよ」

「え、あ、はい」


 花恭さんの言葉で現実に戻される。

 かと思えば、


「『へ?』てなんだったの?」

「何がでしょう?」

「社長のお会計で言ってたじゃん」

「あー」


 話題を戻される。

 席がレジに近いから、内容が聞こえたんだろう。


「お客さまのプライベートだから話せません」

「ま、あのお歳でもいらっしゃることだし。さしづめ『夫がいるのに"カレシと来る”ってのが引っ掛かった』とかだな」

「……」

「ビンゴ」


 沈黙を肯定として受け取られてしまった。

 実際訂正する部分はないんだよね。

 昔は『はる』に夫婦で来ることもあった。


 仲睦まじかったんだけど、知らないあいだに冷え込んだらしい。


「他人の事情だからなんでもいいの。そういうの忘れたり吐き出しに来たりするのも飲み屋です」

「キャバクラに愚痴言いにくるおっさんみたいだな。どっちもお酒は出るけど」

「そーいうこと。花恭さんは対岸の不倫でも許せないクチ?」

「いや、僕もそこはどうでもいいの」


 それはそうだろうね。

 まともな倫理観ある人だとは微塵も思わないし。

 ただ、それ以外で気になるところが一つ。


「『そこは』って、じゃあどこが?」

「んー」


 花恭さんは岐阜のお酒が入ったグラスを揺らしながら、振り返って引き戸を眺める。


「なんで『同世代の女社長』なんだろうな、って」

「え?」

「亡くなってるのがだよ」


 そんなの、いろいろ理由はあるでしょ。


 壮年期だから、半分リタイアの年寄り社長より働きすぎるとか

 そうなると女性な分、男性より生物的なタフさで違いが出るとか


 だけど一つの可能性として

 いや、コレが一番真相に近いと思う。


「偶然でしょ」


 私は特に気にも留めなかった。











 それから1週間したかどうかくらい。

 13時をまわって、仕込みを始めようとしていたところだった。


「はいもしもし、『小料理屋 はる』です。


 あ、おじいちゃん! どうしたの急に!

 大丈夫だよ、無理してない。元気でやってる。お店もね。


 え?



 山下さんが亡くなった?」



 訃報を伝えられたのは。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

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よろしくお願いいたします。

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