表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/105

正式名称アキレス腱煮込み

 持って帰ったのは、から傘お化けの一本足。

 直接お札を貼られた舌と、布の部分は燃え尽きちゃったしね。


 しかしコイツ、脚だけは人間の見た目をしているわけで。

 こんなの持って街をうろついてたら通報される。


 というわけで、ある程度焦げてしまっている膝から上は切り捨て。

 残りを閉じた傘の内側に隠して店まで急いだ。


 正直めちゃくちゃドキドキした。

 バレないか心臓が破けそうだった。

 相合傘どころじゃなかった。


 無罪でコレなんだ。

 生涯犯罪や不正はするまい。



 という苦労の塊が今、店の厨房でまな板の上に乗っている。

 どう見ても


「……人間の脚、だよね」


 すね毛まで完備された、再現度の高い成人男性のソレ。



 ものすごく嫌だ。

 もう一度言う。


 ものっっっっっすっっっごく嫌だ。


 そりゃ妖怪とかいう、動物じゃない存在を調理してるんだもん。

 遅かれ早かれぶち当たる問題だったとは思う。


 でも嫌だ。

 私がいつレザーフェイスになったの。


 カウンターの向こうにいるグランパ花恭を睨んでみるけど、



『そう、このとき舞台袖には誰かがいたんです! 拍手をしている誰かが! さて、丹下さん! 舞台袖には誰がいたんですか!?』



 こういうときに限って、黙って刑事ドラマの再放送見ている。

 わざと無視してんじゃないだろうね。



 でもボヤいたって始まらない。

 調理に手間取って、客が来る時間まで店内に残してみなさいな。

 苦労して運んだ努力も全てパー。


 冷蔵庫に隠すのだって、調理中の開け閉めがあるから危険。

 必要分さっさと調理し、あとはお焚き上げして隠滅すべきだ。


 というわけで、さっそくレシピを考える。


「使い勝手がいいモモ肉を置いてきたのは、地味に痛い」


 鶏肉を見れば、焼き鳥もモモ、唐揚げもモモ。

 牛肩ロースとかならともかく、こと脚に限ればエースの部位。


 それがないとなると、スネ肉あたりになるのかな……


「あっ」


 料理人という、人の脚ライクでも食材と見れば観察できてしまう、業の深い生態。

 あちこち観察して見付けたのは、


「そうだ、コレがあるじゃん」


 片足でピョンピョン跳ねるからだろう。

 パッと見でもすごく発達した



 アキレス腱。



 なんていうと、もしかしたら


『そこ食べるんだ』


 と思う人もいるかもしれない。

 でも、



 牛で言うところの『牛スジ』



 て言ったら馴染みがあるはず。


 どころかコレはアキレス腱。

 おでんの牛スジにありがちな横隔膜じゃない、本物のスジ。


 あんまり出回っていない、希少部位のスジ。



「てなったらもう決まり!」



 やるべきは一つ、居酒屋ド定番のあのメニュー!

 なんたってウチは、『小料理屋 はる』だから!


 居酒屋と小料理屋って何が違うの?



 実は定義がないらしいので、自由に名乗るとして。


 今回は引き締まったアキレス腱。

 下茹ではサッと、ほんの少しにしておく。

 ただでさえ少ない脂が落ちてしまうからね。


 もちろんしっかりやらないと、ギトギトになったり臭かったりする場合もある。

 ご自宅でやる際は、手元の食材と相談して決めよう。


 今回の臭み取りは、青ネギや生姜を煮込むことで解決を図る。



 方針も決まったところで調理スタート。

 湯を沸かしているあいだに、まずはコンニャクを手でちぎる。


 手でちぎる、これが重要!


 こうすることで、断面がデコボコ、もっと言うとズタズタになる。

 今回のから傘おばけの被害者の首みたいに。

 うわぁ……。


 すると包丁で切るより断面の表面積が増えて、より味が染み込む。



 次に大根。

 私は桂むきにするけど、別にピーラーでも問題なし。


 そしたら厚めのイチョウ切り。

 厚めにして隠し包丁を入れる方が、具として食べ応えがあっておいしい。


 やっぱり大根が入ると、日本人の大好きなしょうゆベースのツユも

 スジ煮込みなんかだと脂も吸って、大変エラい食材になる。

 名バイプレイヤー、いや、むしろ主役級。


 このためにも今回は、下茹でで脂を落としすぎないようにしている。



 さて、ここまでできたらあとは煮込むべし!

 沸騰したら弱火でじっくり鍋と向き合い、丁寧にアクを取る。


 今回はよく発達したアキレス腱だからたぶん硬い。

 大根も厚めだしコンニャクも入れている。


 ということで最低1時間、長めに煮込んでいく。

 仕上がるまでドラマでも見て時間潰そう。

 と思ったらもう終わってたけど。

 さっきの時点で大詰めっぽかったもんね。



 ということで、


「小春さんアニメとか見るんだね」

「まぁ人並みには」

「オススメはどれ?」

「やだ、合わなかったときに『センス悪いな』とか思われたくない……」

「思わないから」


 適当なアニメのブルーレイを再生して



 1時間煮込んだら味付け開始。


 使うのは顆粒出汁、しょうゆ、砂糖、めんつゆ、みりん、調理酒など。

 上品にカツオ節から出汁引かなくても、ジャンクなくらいがちょうどいい。

 味噌とか入れてもおいしいよ。


 分量や濃さはもう完全に好みです。

 今回は引き締まったお肉なので、脂が少ない分少し甘めにしてみる。


 味付けをしたら、また弱火でコトコト1時間。


「いい匂いするねぇ。まだ?」


 とか言われるけどコレが大事。

 煮込みは味を染みさせてナンボです。


 暇な人はまたアニメでも見てなさい。






「……4話まで見てアレなんだけど、なんか、よく分からない」

「全6話ね」

「それで話まとまるの?」

「作中で語られないことが多いし、演出も突飛だし。解釈難しい作品なんですよね。初見じゃまず理解できない」

「玄人ぶってないで説明してよ。こんなの監督がピロウズ好きってことしか分からないや」


 さらにアニメを見たところで、


「それよりそろそろスジ煮込みできましたけど、食べる?」

「食べる!」


 ついに完成。

 しょうゆの(かぐわ)しい匂いが漂う店内、私は勝利を確信する。

 最悪お肉が硬くても、もう()()()だけで無限においしい。


 さっそく皿に盛り付けまして、白髪ネギと七味唐辛子を散らせば



「はいどうぞ。『から傘おばけのスジ煮込み』」



「おぉ〜! おいしそう!」


 日本酒でキュッといくのもいいが、


「ここはまずビールだな」

「お、いいですねぇ」


 取り出したるは瓶ビール。

 生も捨てがたいけど、花恭さんの好きな、ガツンと苦い熱処理は瓶で仕入れてる。

 コレがまた甘めで強めの味付けに負けず、よく合うはず。


 瓶ビールを飲むときの醍醐味。

 やや小さいグラスに黄金色の液体を注いで準備完了すると、


「いただきます」

「どうぞ」


 花恭さんはまず、スジから一口。


 2、3噛みする動作はあまり大きくない。

 柔らかく仕上がったみたい。


 そのまま彼は何も言わず、力強くグラスを握り、


 おやまぁ。顔を天井に向けて、グッグッグッと一気飲み。

 普段の飄々とした感じも、スジのようにトロトロ溶けてしまう。


「あ゛あ゛ーっ!」

「どう?」


 グラスをターンとカウンターに置く花恭さん。

 料理人としてコメントを求めると、


「おいしいね! 歯応えがすごい!」

「そりゃよかったです」


 満面の笑み。

 まさかコレで悲しいことがある人はいるまいって顔。


 次に大根。

 そしてビール。


「旨みがジュッと出ることに関しては、こっちの方が上かもしれない」

「でしょ? おでんでもスーパースター、煮込みに大根は欠かせません」

「またこのコッテリした口を、ビールで流すのがたまらないね」

「そうそう。私も飲みたくなってきた」

「コンニャクがまた、食感が他と違っていいアクセントに」

「実況しないで! 私はこれからお店なの!」


 と、見せ付けるように飲み食いする花恭さんだけど、


「でもね?」

「はい?」


 急にピタッと箸を置く。

 濃すぎて飽きたのかな、なんて少し心配したのも束の間。


「お酒も確かにおいしいけどね?」

「あー」


 彼は私の顔を覗き込む。


「コレはやっぱり、アレでしょ」

「分かります」






「まだ炊けない?」

「早炊きにしてるんですから、おとなしく待ちなさい」

「まだかなまだかなまだかな〜」


 花恭さんが炊飯器の前で騒ぐ。

 そう、やっぱりスジ煮込みには白米でしょ。


「ほら、アニメの残り見てたら炊けますから」

「米は待たされる、アニメは意味不明のまま終わる、だったら、僕もう許さないよ」

「誰を」


 テレビにブルーレイを挿入する彼を尻目に、窓の外を見る。


 スジを煮込むのに2時間、お米が炊けるまで2、30分。

 でも、まだまだ雨が上がる気配はない。


 朝から降ってるのに、さすが梅雨ね。


 今日はあまりお客さん来ないだろうな。

 せっかちな花恭さんとは対照的に、私はのんびり構えることにした。



「まだ?」

「1分も経ってませんって」











              雨の日は人が死ぬ 完

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ