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ケガの巧妙(傘の)

「間に合ったみたいで何よりだ」


 花恭さんはにっこり笑うと、私の手を引いて立たせてくれる。


 なんていうか、体が楽になるっていうか、緊張が解ける気がした。


「花恭さん」

「話はあと。まだ終わってないしね」


 半身で振り返ると、


『けきいいぃぃ……!』


 いったん距離を取りつつ、『うらめしや』な表情でこちらを睨むから傘おばけ。

 花恭さんも舌から刀を引き抜き、睨み合う。


 和傘のおばけと和装で仕込み刀の男性。

 まるで時代劇の斬り合い直前みたい。

 いや、どっちも侍じゃないし違うような。


 そのまま、このまえの河童みたいに、すれ違いざまの勝負になる

 かと思いきや



『けかぁっ!』



 先に動いたのはから傘。

 サッカーのバイシクル・キックみたいに

 飛び上がって1回転したかと思うと



 下駄をこっち目掛けて飛ばしてきた。



 真っ直ぐ顔へ向かって飛んでくるソレを、


「ふっ!」


 花恭さんは難なく片手、刀で弾き飛ばす。

 だけど、



「囮!」



 跳ね上げたことで刀のガードが崩れる。


 正面がガラ空きだ!



 そこに、から傘の舌が伸びてくる。



 さっき切られたのに、どんだけ長いの!?

 それより、このままだと防御が間に合わない!


 なんていう短い思考が完結するより早く



 花恭さんが空いている方の手を、腰だめから斜め上に振り上げる。



 それと同時に何か投げたことに気付いたのは、



『けきゃああああ!!??』



 から傘おばけが絶叫しながら、真っ赤に燃え盛ってから。



 私の目が確かなら

 火は舌先から始まって、導火線のように本体まで渡っていった。

 ほんの一瞬の出来事だったけど。


 だから舌先へ

 あと少しで花恭さんの顔を捉える目と鼻の先で


 力尽き燃え尽きて地面に落ちた、灰の先端へ目を向けると


「これ、お札?」


 そこには見覚えのある、

 具体的に言うと傘の穴を塞いでくれたお札が落ちている。


「まさかっ!?」

「失礼な。小春さんのには『何も込めてない』って言ったでしょ? これは別モノ。描いてある図柄や祝詞(のりと)が違うよ。パッと見じゃ分かんないかもしれないけど」

「あ、そう」


 私まで燃やすつもりはなかったらしい。

 される覚えもないけれど。


 それより今は、言うべきことがある。

 私は妖怪討伐の証拠撮影をしている背中に声を掛ける。


「また助けてくれて、ありがとうございます」

「ん」


 返事はナチュラルだった。

『言われて当然』と言うような、でも『助けて当然』とも言うような。


「しっかし、よく分かりましたね。私が妖怪に襲われてるなんて」


 花恭さんはスマホを袖にしまうと、鼻からため息をつく。


「ま、お恥ずかしながら偶然だね」

「そうなんですか?」

「あのあとたまたま、知らないおっさんがお札着きの傘持ってるの見掛けてね。

『あー、小春さん傘パクられたんだ』って思って、取り返したんだ」

「南無おじさん」

「殺してはないよ? それで『小春さん傘なくなって困ってるだろうな』って、届けるために店へ向かってたんだ」

「なるほど」

「ん」


 彼は地面から傘を拾って、手渡してくれる。

 戦闘に邪魔だから先に置いておいたんだろう。


「ありがとうございます」

「そしたら君、傘差して路地裏入ってくじゃないの。小春さんが他人(ひと)の傘盗むとは思えない。


 だから『あ、もしかしてアレが“雨の”』って」


 というのが一連の流れらしい。

 確かに花恭さんが傘泥棒を見てなかったら、こうはならなかった。

 偶然助かったわけで、


「ぅむ」

「どしたの」


 そうでなかったら今ごろ、と思うと、うん。


 そもそも偶然傘取ったおっさんがいなきゃ、こうはならなかったけど!

 南無撤回!


 今日は『遠いどこかの誰かの不幸を願う』という、貴重な体験ができた。

 うれしくない。

 まぁこの際それはいいや。


「じゃあ、何も込めてないお札だそうだけど。私はアレのおかげで助かったんですね」

「ま、目印にはなったね」


 花恭さんは半笑いを浮かべるが、


「それだけじゃないです」

「ん?」

「私、傘おばけに襲われたとき、首を持っていかれる寸前で気付けたんです」

「今日はまた運がいいね」

「運じゃないです」


 受け取った傘を広げてみる。

 するとそこには、やっぱり穴と補強のお札。


「上から雫が降ってきて。


『花恭さんが補強してくれてたのに』って、変だと思って上を見たんです。


 お札をしてくれてなかったら、『そりゃ穴開いてるもんね』で無視してました」

「ふーん」

「ありがとうございます」


 花恭さんのリアクションは淡白だったけど、

 なんか露骨に遠くを見てる。


 もしかして照れてる?


 でもまぁ、気付かないフリをしておきましょう。


 すると、


「うわっ、冷たっ!?」

「どしたの」


 急に、役割を終えたかのように



 お札が傘から()()()と落ちた。



 そこから雨が入ってきている。



「あー、ま、所詮」

「撥水加工しただけの紙、ですもんね」


 濡れてる地面に置いてたんだもん。

 紙自体が無事でも、糊かなんかも溶けてしまうだろうし。


 なんとか雨が当たらない配置はないかと、傘をくるくる回していると


「やめなよ。水飛ぶよ」

「あ、すみません」

「はぁ〜、もう、仕方ないなぁ」


 花恭さんは仕込み刀の和傘を差すと、


「ん」

「ん?」


 こちらへ突き出してくる。


「『ん』じゃないよ。入れてあげる」

「え、いいですいいです。狭いし、店まですぐだし」


 そりゃ悪いと辞退すると、彼は私を抱き寄せる。


「ひゃっ」

「お嫌じゃなければ、って言いたいところだけど。風邪引かれても困るんだな」

「は、はい……!」

「それに僕と相合傘なんて、東山と嵐山の女子が羨ましがって血涙流すよ?」

「その2箇所はそこそこ遠くないですか?」


 まぁイケメンはそうなんだけどさ。

 私のツッコミは無視して、花恭さんはにっこり微笑む。


「じゃ、帰ろうか」

「はいっ!」


 たまにはこういうのも悪くないかも知れない。

 って感じで路地を出ようとしたそのとき、


「あ、あとで食べるから、コイツも忘れずに」



 花恭さんはから傘おばけの残骸を拾った。



 ……嫌な相合傘だなぁ。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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