いいかい学生さん
禍の調理は翌々日に持ち越した。
なぜならその日が土曜日だから。
お昼には午前授業を終えた花鹿ちゃんが帰ってくる。
普段は夜にお店をやってるから、
『みんなまとまって夕食』
ってならない。
昼は花鹿ちゃんが学校でいない。
タイミングは土日か定休日の火曜になる。
だからその日まで、お肉を釣り用のクーラーボックスに入れて保管した。
やっぱり冷蔵庫はね。
別に花鹿ちゃんは妖怪料理を食べない。
花恭さんさえいれば成立するって言われたらそう。
でも今回だけは。
どうしても花鹿ちゃんと同じタイミングで、ほぼ同じメニューを囲みたい。
分かるでしょ?
ちなみに禍を倒したあと、花鹿ちゃんには当然のように説教タイム。
帰るまえに河川敷にて即説教タイム。
お互い石の上に正座して説教タイム。
拷問かな?
花鹿ちゃんは
「優等生の私が日に2回も叱られるとは」
とか言ってたけど。
私からすれば丁寧な問題児でしかない。
すぐ学校サボるし。
やっぱ花の一族だよ、この子。
ただ、本人の釈明によると。
何も別所長治の辞世の句みたいな心境ではなかったらしく。
曰く、
「私も小春さんと同じように、どうしても今日は勝ちたかったんです」
「そのために無茶をしたことは事実です」
「私が不空羂索観音を唱えることの危険性も理解はしていました」
「でも、終わってしまおうと、自分を供物にしようとしたわけじゃないんです」
「私、古い自分が変わるときだと思ったんです。
捨身飼虎じゃないですけど。
今日、一度全てを差し出して、
生まれ変わろうと思ったんです。
生まれ変われると思ったんです」
そこまで言われたら。
真っ直ぐな目と声をされたら。
私ももう叱る気になれない。
花恭さんと花恋さんに視線を投げると、肩をすくめて『やれやれ』と首を振る。
てことで、
「じゃ、冷えるし帰ろっか」
「キャンプファイヤーも消えたしな」
説教タイムはすぐに終わった。
いや、甘いかもしれないし、本当はもっとキツく言い聞かせた方がいいのかも。
でもここには、不真面目な大人しかいないんだよね。
説得力もないし、テキトーに明るく楽しくやろうってことで。
だって飲み屋ってそういうとこだもん。
で、今は何をやっているかというと。
午前11時半、お店の厨房で禍の一枚肉をバッター液に漬けている。
バッター液を知らない人に説明すると、
小麦粉、卵、水を混ぜたもの。
これを付けることで、次のパン粉がしっかり肉に付く。
それを油であげれば、そう!
みんな大好きトンカツです!
ちなみに比率は、小麦粉:水と卵液で1:1から2:1のあいだくらい。
ただ、あまり小麦粉が多くなりすぎないように。
でないと粘度が増して、お肉を覆う表面の厚さが均等にならない。
パン粉の付き方、ひいては仕上がり揚げ上がりに影響する。
にしても、禍のお肉が死んだら柔らかくなってくれてたのは助かった。
鉄の硬さしてるから、精肉も食べるのも無理なんじゃないかと思ってたし。
天邪鬼は死んでも硬かったし。
……むしろそのままの方が作らなくて済ん
なんだろうね、妖力かなんかが消えたのかね。
中国じゃ
『脚をケガしたら動物の脚を食べる』
『目の病気になったら動物の目を食べる』
っていう古い健康法があるらしいよ。
迷信ではあるんだけど。
とにかく、本当にお肉として硬いんじゃなくて。
それに似た『呪』の類いだったのかもしれない。
それはさておき。
「ではいよいよ、揚げの儀に移りたいと思います」
「おぉーっ!」
「待ってましたーっ!」
「早く。ビールの炭酸抜ける」
「それは待たずに飲みはじめた花恭さんが悪い」
ここで注意したいのは、お肉はあらかじめ冷蔵庫から出しておくこと。
揚げすぎると硬くなっちゃう。
でも火はしっかり通したい。
トンカツにとって油の温度と揚げ時間はデリケートな問題。
170〜180度、5分から長くても10分以内を目指したい。
お肉の厚さで条件は変わるけど。
それを大きく、しかも未知数に変化させる
『冷えたお肉』
は、料理人の難敵なのです。
逆に天ぷらはなんでも冷たい方が上手に揚がる。
もちろんご家庭で気軽に揚げ物を楽しむ分には、何も気にしなくていい。
揚げ物なんて気軽にできないけどね!!
失礼、魂の叫びが出ました。
でもさ、キッチンに油跳ねて拭き掃除大変だし、油の捨て方がまた手間だし……
失礼、なおも魂の叫びが漏れました。
ただ、こうやって事前準備が終わり、後片付けに目を瞑るなら。
あとはただ揚げるのみ!
いくぜぇ!
まずは油に菜箸の先端数センチを漬ける!
ハイボールのCMみたいにシュワワワッと細かい泡が出たらOK!
GO! Katsu, GO!
今回は片面約2分半! ひっくり返してもう2分半!
ちなみにここも、一気にカツを入れすぎると油の温度が下がるから注意。
急ぎじゃないなら一刀一殺で行こう(?)。
そういう意味でも、揚げるのにあまり時間かけたくないよね。
先に揚がったのが、どんどん揚げたてから遠ざかるし。
でも今回は問題ない。
なぜなら、
あとに揚げるモノは、もっと時間が短いから。
さて、カツが揚がりましたら、包丁で好きな幅に切りまして、
千切りキャベツと一緒にお皿へ盛りまして、
ごはん、味噌汁、たくあん2切れ付けまして、
「完成! 『禍カツ定食』!」
「「「おおーっ!」」」
トンカツはね、誰だって歓声が上がるもんですよ。
揚げ物だけn
「美しい茶色とは言わないけど、魅惑的な茶色だ」
「おいしそー!」
「ソースはどうしましょう? ウスター? トンカツソース?」
「花鹿ちゃん、よくぞ言ってくれました!」
「「「え?」」」
ここで私は、隠していた最後の1ピースを繰り出す。
お読みくださり、誠にありがとうございます。
少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、
☆評価、ブックマーク、『いいね』などを
よろしくお願いいたします。




