先手必勝油断大敵
向こうはこっちに気付いていないみたい。
襲い掛かってくる様子はない。
むしろ臨戦体勢なのはこっちの妖怪狩り集団なんだけど、
(な、な、なんですかアレ!)
ほぼ息だけの声で話し掛けると、いったん積まれた鉄骨の陰へ。
私のために間合いをとってくれるらしい。
で、まるでマフィア映画の銃撃戦みたいに顔を覗かせて相手を窺うと、
(て、
鉄骨を食べてる)
大型バスくらいはありそうな四足歩行生物の、たぶん顔であり口の部分。
それが地面に向かったと思えば、
置かれていた鉄骨が持ち上げられ、さっきも聞いた音と一緒に短くなっていく。
全部シルエットではあるけど、確実にそうなってる。
それぐらいハッキリした輪郭を目でなぞる。
(アレ、イノシシですか?)
四足歩行生物はたくさん種類があるけど。
あれはイヌネコでもなければ、シカとかタヌキ、クマでもない。
ずんぐりしてるけど、どこか流線型。鼻が長い。
(そうだね。伝承によってはイノシシの姿とされる文献もある)
(文献によっては)
花恭さんが小さく頷くと、今度は花鹿ちゃんが言葉を引き継ぐ。
(なので本来、見ただけでは何とも言えないんですけど。
でも、どの姿であろうが、共通していることがあります)
(それが)
(はい。『鉄を食らう』ということ)
花鹿ちゃんは私と目を合わせて頷くと、視線を巨大イノシシに戻す。
(アレは、『禍』という妖獣です)
オッ◯トヌシじゃないみたい。
と今週のビックリドッキリ妖怪のコーナーが終わったところで、
(じゃ、チャチャっとやっちゃいますか!)
花恋さんが腕まくり。
天邪鬼のときに見た、殺意の塊みたいなモーニングスターを肩に担ぐ。
(人のごはんを邪魔すると、田中邦衛に怒られるけど!
だからこそ先手必勝! 奇襲はいつの世も勝者のタクティクス!
後頭部一気に打破してやらぁ!)
(ちょっと)
(どりゃあああああ!!)
花鹿ちゃんが止めるのも聞かず、一気に突撃する。
猛スピードで砂利を蹴飛ばし、
月光に照らされ天高く飛び上がり、
獲物を大きく振りかぶり、
あ、これ
花海くんが田がらしにやったの見た
なんて思ったのも束の間、
「あ゛い゛い゛い゛い゛い゛!!」
甲高い音とともに、花恋さんの絶叫。
「あーもう、ご近所にバレるじゃん」
花恭さんが腰に手を当てて、鼻からため息。
と、この態度からも分かるとおり、
別にやられたってワケじゃない。
本人も別に無事な様子でバックステップ、こっちまで戻ってくる。
「何アイツ! メチャクチャ硬いんだけど!?
150キロのストレート詰まったみたいな感触した! 有鈎骨折れるかと思った!」
「ごめん、その例え分かんない」
バッティングセンター行かないもん。
ていうのはさておき。
「禍は故事によると、ある王さまがペットとして飼っていたのですが。
とにかくバカみたいに鉄を食べるので国が傾いたとか。
それで邪魔になって殺そうとしたら、刀も通さない硬さになっていたそうです」
「鉄食べてたら鉄そのものみたいになった、って話だな」
なんて、のんきにお勉強会をしていたそのとき、
「地震!?」
急に体が揺れる。視界が揺れる。足元の砂利が跳ねる。
立ってられないほどじゃないけど、確実に体感はする震度。
とにかく、これは危ない。
何せ私たち、鉄骨の陰だし。
積み上げられたのが振動でズレて、落っこちてきたら一巻の終わり。
「離れよう!」
とりあえず来た道を戻るように動こうとした
そのとき
「そっちじゃない!」
「うえっ!」
花恭さんの叫びとともに、襟首を後ろへ引っ張られる。
そのままさっきいた山の、右隣の鉄骨の陰へ。
直後、
『ブモオオォォ!!』
「うわっ!?」
進もうとしていた方向に、禍が突っ込んできた。
さっきまでいた鉄骨タワーの角を少し引っ掛けたみたい。
激しい音とともに、雪崩が起きる。
「わわ、わ」
もしあのまま同じ鉄骨の陰に留まっていたら。
あのまま最初の方向へ進んでいたら。
「ボーッとしてないで離れるよ!」
声を掛けられて、解凍されたみたいに汗が噴き出る。
禍は一切弱ることなく、こっちを睨んでいる。
闘牛みたいに足で地面を掻くたび、軽い揺れが起こる。
そうだ、逃げないと。
今の突撃が1回で終わるワケない。
出口へ向かえないとなると、もう土手を駆け上がって逃げるしかないけど
「こっちだ!」
花恭さんが手招きするのは、
集積場の奥の方。
禍がこっち来た隙に、鉄骨を盾に回り込む動き。
一人になっちゃたまらないから、とりあえず着いていくけど
「あ、あの!」
「なんだい」
「反対側にも出口があるんですか?」
「知らない」
「えーっ!?」
「なんだようるさいなぁ」
花恭さんの抗議を表すかのように、
「きゃああああ!」
また背後で甲高い音と鈍い音がオーケストラ。
何が直撃したわけじゃないのに、背骨まで衝撃で震える。
咄嗟に後頭部を手で覆ったけど、鉄骨飛んできたら意味ないよね。
「で、なんなの」
「じゃあなんでこっち逃げるんですか!? 絶対脱出した方が安全でしょ! 鉄骨ないし!」
「いやいや」
花恭さんは一瞬だけ土手を見る。
「僕ら追ってアレが市街地に入ったらどうするの」
「た、確かに」
そんな話をしているあいだにも、背後から凄まじい足音が。
振動的に距離も近い。
確実に追ってきている。
このまま直線だと確実に追い付かれる。
他の人は知らないけど私はムリ。
並ぶ鉄骨の山でできた角をまた曲がる。
それと同時に、
「オリャア!!」
花恋さんが足元の砂利を拾って、真ん中の通路を挟んで対岸の鉄骨へ。
コレまた大きい、高い音が響く。
すると、単純なんだろう。
私たちを視界から失った禍は、
すんなり音に釣られて、向こうへ走っていった。
逃げるのものいったん休止。
向こうの視界に映らない位置で身を伏せる。
一息つくと、花恋さんは額の汗を拭う。
「ふい〜、私の機転でなんとかなったネ!」
そこに花鹿ちゃんのジト目が突き刺さる。
「そもそもあなたのせいで追い掛けられたのに、何言ってんだ」
「ウワァオ口調も忘れて辛辣ゥ! そんな言われることある!?」
「花恋さんがあと先考えず突撃して、仕留め損なうから位置バレしたんですよ」
「100パーセント私のせいだったわ……」
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