路地は危険がいっぱい
『ミスターからあげ』なんかは、ものの数分で食べ終わってしまえる。
ずっと空き容器を持ってるのも、傘を差すのに邪魔だ。
買い物袋にしまおうとして、ふと立ち止まる。
「あー、どうしよう」
仕事上、こうやって突発的に買い足しすることが多い。
だから買い物の予定がない外出でも、必ずショルダーバッグを持っていく。
その中にささやかな節約術として、マイバッグを入れてるんだけど、
「油がなぁ」
使っているのは布製。
ビニールと違って、とりあえず何を入れても穴が開かない優れものではある。
でも逆にこういう場面で、『ミスターからあげ』の油やカスが染みないか気になる。
ただ汚れるだけじゃない。
今回は瓶やペットボトルで心配ないけど、
今後店で使うものを入れて、リレー式に匂いが移ったら。
いや、洗えばいいだけなのは分かってる。
でも回避できるなら汚さずにいたいのが人間でしょ?
そして、考えてる暇があったらさっさと帰ればいいのに
立ち止まってむむむと思案するのも人間だ。
ここで一度結論を出しておけば、次回似た状況でスムーズに行動できる
と言い訳しておこう(誰に?)。
そんなわけで、コンビニと店のどっちが近いかシミュレーションしていると
♪トゥントゥトゥトゥントゥトゥトゥン
「わっ、なになに」
急にスマホの通知が鳴った。
発信者の名前は『花恭さん』
「土地勘なくって迷子になったのかな?」
かわいいヤツめ、なんて勝手に決め付け、通話に出ようとしたそのとき、
「きゃーっ!」
「濡れるーっ!」
「わっ!」
下校中の小学生が急にぶつかってきた。
傘を忘れてきて、走って帰ってるんだろうね。
こっちは大の大人で、向こうは身長130前後の相手ではある。
でも、不意打ちと運動エネルギーが効率よく膝に入って
「おっとと」
さすがに少しよろめく。
そのとき、片手はスマホを落とさないように
もう片方は傘がズレて雨に降られないように
双方に気を割いて
キャパシティが埋まったせいだろう。
あぶれたマイバッグが傾き、中からジンジャーエールが落ちる。
「あっ、ちょっ!」
弾力があるペットボトルは円柱状。
地面に当たると思ったより跳ねて、
そのまま細い路地の奥へ転がっていく。
「え〜、マジでぇ〜?」
面倒なことになった。
スマホはいまだに主張して、発信者名の後ろに
『早く出てよぉ』
って顔を幻視するけど、
「ごめんなさいね坊や! 男を待たせるのはイイオンナの特権なのよ!」
狭くて足元もゴチャゴチャしている路地。
通話と傘で手を塞ぎながら物を拾うのは厳しい。
先にペットボトルを回収して、あとから折り返すべき。
なぁに、あとでおいしい南蛮漬けを出せば、向こうも気にしない。
年上なんだから広い心で受け止めてもらおう。
坊や呼ばわりしたけど。
ということにして、スマホをいったんマイバッグに入れて路地に入る。
「まったく、路地って私有地になるのかな?」
ギリギリ傘を広げたままでも入れる幅だ。
だから室外機はまだいい。
ただ植木鉢、テメーは許さん。
邪魔すぎる。
転んでお酢までぶち撒けたら地獄。
慎重に避けて進み、
「あったあった」
ジャンジャーエールを見つけて拾い上げる。
「これでよし、と」
中身が入っているので心配ないとは思う。
でも一応、穴が開いたり蓋が開いたりしていないかチェックしてみる。
と、そのとき
ポツ、とラベルに、雫が落ちてきた。
私は今、傘を差している。
穴だって花恭さんが塞いでくれた。
だから雨が入ってくるはずはない。
でもそういえば、『せいぜい撥水加工された薄い紙』だったっけ。
もう剥がれるか、ふやけて破れるでもしたのかな。
そう思って視線を上げると、
「……え?」
傘の布地のところ
大きな一つ目と目が合った。
その下にはこれまた大きな口があって、ヨダレを滴らせている。
「あ、きゃあああああ!!」
反射的に放り出すと同時、
傘はバシッと音を立てて、勢いよく閉じてしまう。
そのまま投げ捨てられた傘は地面に落ちるかと思いきや、
もう一度広がり、上昇気流が出ているわけでもないのに、フワッと着地する。
そう、着地した。
気付けば柄の部分は、ムキムキですね毛も力強い、人間の右脚になっている。
しかも下駄まで履いて、古いけど文明がある。
それより、このシルエットは全体的に見たことがある……?
そう動揺しているうちに、傘の布地が内側から少し膨れ、
さっき内側に付いて私を見下ろしていた目と口が、外側に出てくる。
なんなら口からは、脚より長くて地面に着きそうな、太い舌まで生えている。
そうだ、漫画で見るのだと大体和傘だから少し変だけど、
コイツ、『から傘おばけ』だ。
あと、私的には腕も生えているイメージ。
いや、今はそんなこと、どうでもいい。
『けけけけけけ……』
薄気味悪い笑い。
呼吸するように小さく傘を開いたり閉じたり、薄気味悪い動き。
さっきはもっと大きく開いた状態から勢いよく閉じていた。
咄嗟に投げ出していなかったら、頭を挟まれていただろう。
そう、頭を。
『被害者はみんな頭部を切断されている、ということで』
『被害者が発見されるのは決まって雨の日かその翌日』
『なんでも、首の切断方法が特殊すぎるらしい』
『刃物を使うかぎりはまずならないような』
傘は、雨の日に使う道具。
「あ、『雨の首狩り族』!!」
全てのピースが繋がって叫んだ瞬間、
『けけっ!』
目にも止まらぬ速さで、から傘おばけの舌が伸びてくる。
「きゃぁっ!」
一瞬で私の首に巻き付き、ギリギリと頸動脈を圧迫してくる。
苦しい!
しかも、
どれだけ長くてパワーがあるのか。
そういえば舌って筋肉の塊だったっけ。
そのまま私を持ち上げる。
足が地面から離れて、体重が首に掛かる。
「うっ、くぁっ!」
は、剥がさないと!
このままだと殺される!!
でも、唾液でぬめっているのか、もう力が入らないのか。
思うように手先が機能しない。
そのまま、頭にも血が回らなくなって
あぁ、生温かい、生臭い……
意識が朦朧としてきた……
ガンッ、ていうのはお酢の瓶だろう。
マイバッグが腕から滑り落ちたんだ。
割れたかどうかは知らないけど、アスファルトで鈍い音を立てた
そのとき
「見つけた」
『けきゃあああああ!!??』
それを合図かのようにして、
男の人の声。
甲高い悲鳴。
そして間髪入れずに、
「いだっ!」
私は地面に尻餅をつく。
「ケホッ! ケホッ!」
酸素が急に舞い込んできた!
むせ返っていると、
首からズルリと、舌が解けて落ちる。
「ん、うわぁ!?」
よく見るとソレは、途中で切断されてのたうち回っている。
キモい! ミミズ!?
それより、一連の事件とは真逆の、職人技のお刺身みたいにキレイな切断面。
明らかに切れ味鋭い刃物の所業。
コレは……
そこに答え合わせ。
刀がカッと、舌へトドメのように突き立てられる。
見覚えのある刀だ。
反りのない真っ直ぐで鍔もない。
ちょうど傘の中に仕込み刀として入れても違和感がないような。
私はこれを一度見ている。
持ち主も知っている。
尻餅をついたまま、ゆっくり顔を上げるとそこには
「ごめんね。待たせたね」
「花恭さん!」
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