あなたを知るということは
「花恭さん、花恭さん!」
バックヤードに降りて、花恭さんの肩を揺らす。
目覚めた彼、一瞬殺意の籠った目で私を見たけど
昨日の今日で、察するところがあったんだと思う。
お店の方を指す。
『向こうで話そう』ってことだ。
「花鹿ちゃんがいないんです。でも学校に行ったわけでもなさそうで。
L◯NEも電話も反応がありません」
いつものカウンター越し
じゃなくて、テーブル席で向き合う。
「無視っていうよりは、単純にスマホ見てないんだろうな」
「それは私もそう思います。
でも、こんな置き手紙。ウソついてまで」
正直それが一番不穏さを感じる。
ただ不在になるだけなら『事情があるんだろう』と思う。
まだまだ私の知らないプロの世界だから。
でも、それならそう言ってくれればいいし、
言ってくれる子だ。
変なジョークは多いけど、妙なウソはつかないタイプだと信じている。
「花恭さんなら、どこに行ったか分かりませんか?」
「うん、まぁ、妖怪退治関連のことだろうな」
花恭さんはグラスのアイスコーヒーにガムシロップを落とす。
それから頭を回すようにスプーンでグルグル。
「昨日ので、一連の鉄泥棒が妖怪の仕業だっていうのは割れてる。
次出そうな場所の目星もいくつかついてるし、そのへん張ってりゃ夜には」
「夜ですか」
「妖怪が目撃された話はない。ってことは、人目につく時間は出ない」
だとしたら、なおさら変だ。
「じゃあ学校行ってから退治に行けばいいじゃないですか。
体力がキツいなら学校休んで」
「休んでるじゃん」
「あぁいや、そうじゃなくて。家で休んで……
私が『学校行け』って口うるさいから、家出たの?」
すると花恭さんはくっくっくっ、と笑う。
息だけの、声というよりは肩を震わせたことで出る音みたいな。
これでも真剣なんだけど。
「なんですか」
「いや、ホントに人がいいんだな、って思って」
「褒めてないでしょ」
「7割は素直に褒めてるよ?」
「不純物ある時点で素直じゃないから」
とはいうものの、少しホッとした。
もちろん自分のせいじゃないことに安心した卑怯な部分もある。
でも、花恭さんが私に気を遣わせないようにしてくれた。
そのことに心が軽くなった。
「ま、小春さんのせいではないけど、ある意味家には居づらかったんだろうな」
じゃあやっぱり。
妖怪の痕跡を見つけて張り切ってるとか、過剰でも熱意や使命感じゃなくて
何かマイナスの変調を精神にきたしている、っていうことは確かだ。
そうなると思い当たるのは。
ことの発端と思える昨日の出来事
花鹿ちゃんの日常に起きた変化
「あの、花恭さん」
「なんだい」
「あの二人、そんなに仲悪いんですか?」
「僕と花恋さんかい?」
「花鹿ちゃんと花猪さん」
花恭さんはまた笑って頷く。
今度は声もなく微笑んで。
『さすがに誤魔化せないよな』
って感じ。
だけど、
「悪いけど。昨日も言ったとおり、僕が勝手に話していいモンじゃない」
「だけど」
「本人に直接……」
「話さないんじゃない?」
不意に割り込んだ、3人目の声。
残念ながらというか、当然というか。
花鹿ちゃんじゃない。
私からは振り返らずに見える位置。
廊下の角から現れたのは、
「花恋さん」
「チャオ」
寝巻きから着替えて、化粧もバッチリ。
「起こしたか」
「オトメの勘がね」
「アホくさ」
花恭さんと相変わらずのあいさつを交わすと、
「だって、その様子じゃまだ話してないんでしょ?」
彼の隣に腰を下ろす。
「それは、まぁ」
「とっても素直だけど、自分の意固地さにも素直だもん。
話そうと思える相手ならすぐに話すし、思わない相手なら絶対話さないよ」
「わぁ」
つまり私は、
「あ、勘違いしないでね?
誰だって
『何も知られたくないほどキライな人』
と、
『この人にコレだけは絶対知られたくない、ってくらい好きな人』
の2種類があるのヨ」
「それは、まぁ」
「愛恋だけの話じゃないからね。勘違いしてはいけないよ」
「分かってますよ」
花恭さんにいつものツッコミを入れた瞬間、
「分かってるの?」
花恋さんの鋭い声が、即座に差し込まれる。
眼差しも鋭い。
あのいつも朗らかで、ハイテンションで、軽やかな花恋さんが
初めて見せる、切れ味のある空気。
「それを私たちに聞くってことは。
私たちが話すのを聞くってことは。
あの子が死んでも隠したいことに、それでも踏み込むってことよ。
自分にその権利と覚悟はある?
たとえあの子のためであっても、あの子の気持ちを踏みにじる行為への」
「それは」
「私からどうとはジャッジしないわよ?
ただあなたがあなた自身に『ある』と思うかどうか。
その自己申告が全て」
重い。
あまりにも重い。
プレッシャーが私にのし掛かる。
何かに抑え付けられてるとか、地面に縫い付けられたとか
そういうのじゃない。
自分の中に足を進める意欲が一切湧かない、そういう足の重さがある。
そんなの、
「こんな重いもの、
一人でも多く分担して背負わないとダメです。
踏みにじっても、嫌がったら取り上げてでも、私も背負います」
「……そっか」
花恋さんは目を閉じて微笑み、数回小さく頷いた。
「じゃあ、今聞いたあとで、またいつか本人にも聞いてあげてね」
「えっ」
「あの子だって、いつかは
『知られたくないことまで知ってほしい』
そう思う日が来るかもしれないから」
「そっか、そうですね」
「そして、そのときは絶対に、初めて聞いた顔をしてあげるのよ」
「約束します」
「ソレが、女子との初夜のマナーよ☆」
「「一言余計だ」」
花恭さんとハモったところで、
「じゃ、恭くんあとはヨロシクゥ!」
「はぁ!?」
花恋さんは椅子から立ち上がる。
そのまま素早く廊下の角に半分消えると、
「だって、
春ちゃんにはどういうふうに伝えるべきか
ソレは恭くんの方がよく知ってるでしょ?」
「それは」
「そうかもしれないけどな」
「てワケで、アタシは二度寝してくるわぁ!」
「化粧して着替えたのにか」
花恭さんの呆れた声もなんのその。
花恋さんは嵐のように退場して、ホールはまた私たち二人きりになった。
「あー、そのー、じゃ」
「は、はい」
なんかちょっと気マズい。
何がって言われたら、単に空気が途切れただけだけど。
花恭さんは居住まいを正すと、1回深呼吸を挟み、
それから背筋を伸ばして私を見据える。
「話そうか」
一瞬の切り替え。
もう迷う様子はない。
「はい」
私も真っ直ぐ見つめ返す。
花恭さんからも、
聞かされる話からも目を逸らさない。
気持ちが伝わったらしく、彼は小さく頷いた。
「あのね、小春さん。
花鹿は、
『将棋の歩』なんだ」
お読みくださり、誠にありがとうございます。
少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、
☆評価、ブックマーク、『いいね』などを
よろしくお願いいたします。




