忘れられない人と、たぶん誰も覚えてない人
『現在千代田区周辺で多発している、資材盗難事件は──』
「東京は治安悪いなぁ」
「京都とじゃそう変わらないでしょ」
昼過ぎ、ぼちぼち仕込みが始まるころ。
今日もよく晴れている。
ま、台風が来てないときくらい、こうでないとね。
生ビールが売れるよう、気温ももうちょい上げといて。
ていう日和に、ニュースは景気、もとい治安がよくない。
「それに東京っていっても、最近のこういうの、妖怪の仕業も多かったじゃないですか。
ミルク泥棒すら化けウサギだったんだし、今回もそうじゃないんですか?」
『警察は外国人窃盗グループによる、組織的な犯行と見て捜査を続けています』
「って言ってるよ?」
「へぇー」
天邪鬼なんだろう。
私が妖怪を認める発言をすれば、逆の立場の花恭さん。
カウンターでヅケのお寿司を食べている。
昨日お店で出した刺身を一部、あらかじめ取り置いて作ったもの。
傍らには瓶ビール。
ヅケのお寿司はしょうゆ味が強いから、ワサビも他より効かせる。
大味だから日本酒よりこっちであと味を流すご様子。
ま、なんにせよ。
昨日のうちに用意したおやつを与えておけば、仕込みのとき邪魔をしない。
私も少しずつ花恭さん対策を学んでいる。
ちなみに花鹿ちゃんのお弁当も流用が多いから、冷凍食品の出番はない。
それが変に誇張されて膨らみ、彼女は級友から
『農薬を使った野菜と化学調味料は口にしない』
と勘違いされてるとか。
どこのグルメ漫画だよ。
ウチの料理にも普通に入ってるわ。
なお
『所詮人体に害がない程度の農薬で、畑を荒らさなくなるとでも? ナメられたものです』
とは本人の談。
あの子ときどきシカになるよね。
「ま、この手の犯罪はすぐ捕まります」
「そうなの?」
「盗んでも売らないと儲け出ませんし。ワサッと盗んだらその分市場へ流れ出る。そこをチェックしてルートをたどれば一発ですよ」
「じゃあ小出しに売られたら?」
「保管する場所が必要になりますね。無計画に盗んでまわってる連中が、維持費を受け入れるとは思えませんけど」
「ふーん」
花恭さんはヒラメのお寿司を口に運ぶ。
ヅケにすると白身の繊細な風味は負けがち。
でも浸透圧で身が締まって、コリコリした食感が強調される。
彼はカウンターに頬杖を突く。
お行儀。
「詳しいんだねぇ。捕まったことあるの?」
「そこは普通捜査する側と思いません?」
行儀も悪ければ態度も悪い。思考も邪悪。
花恭さんの方がよっぽど補導歴ありそうだからね?
「そういうわけで、少し待ってれば妖怪か人間かハッキリしますよ」
「なかなか逮捕されなかったら、人間の犯罪か怪しいってことだな」
花恭さんはビールで一度口の中をリセット。
「だけど、どんだけ待てるものかなぁ」
同時に話題も切り替わる。
「『待てる』、ですか? 『待たされる』じゃなくて?」
「ほら、あのせっかちというか、
勢い有り余る人が……」
花恭さんが噂をすれば
影。
ダスダスダス! と外から品のない足音が響いてきたかと思えば
お店の引き戸の向こう、磨りガラスに映った腰に手を当て仁王立ちのシルエット。
あ、と思う間もなく
バシッと引き戸が開け放たれる。
お客さんなワケはない。
表には『仕込み中』の看板が出してある。
コレを無視して入ってくるのは、家人か強盗かあるいは……
「春ちゃん! 久しぶり!」
花の一族。
しかも現れたのは、そのなかでも随一のエネルギーの化身
「花恋さん! DA☆ ZO☆」
「うわぁうるさい」
「同じ血が流れているとは思えない」
てかバシッて何よ。普通ガララでしょ。
引き戸壊す気かよ。
彼女はガラスにヒビが入ったか振り返ることもなく、ズンズン店内へ入ってくる。
「いやぁ〜、8月ぶり〜!」
「先月じゃん」
花恭さんの冷たい視線もなんのその。
右真隣に座って、流れるように肘を置く。
勢いそのまま、こっちへグイッと上体を乗り出してくる。
「会いたかったよぉ〜! 二人は?」
「まだちょっと思い出がいっぱいですね」
「君とは葬式で『もうちょっと会っておけばよかった』と悔いる関係でありたい」
「あ、何ソレお寿司? おいしそー! ひとつちょうだい!」
「最悪だ……」
強い。
人の話を聞かないことにかけて、23区オールスターに入りそうな花恭さんを粉砕。
ひとつ隣の椅子へズレて逃げようとするところへ、お寿司を取ろうと手を伸ばして
「ダメよ花恋さん。人の食べものに向かって、手も洗ってないのに」
静かな声がそれを制する。
なんか聞き覚えがあるような、ないような。
思わず声がした方、開けっ放しの玄関へ目を向けると、
「あっ」
和服の若い女性が立っている。
黒地に白抜きのツツジ柄。
シックで和風な装いに違和感がない、大人びた美人の顔立ち。
黒髪をギブソンタックにまとめた、艶やかな姿は
「え、えーと」
見覚えがあるような、ないような。
なんか全体にわたってあやふやだ。
でも会ったことはあるに違いない。
頭の中を検索していると、
「お久しぶりです」
向こうの方が先に微笑み掛けてくる。
「あ、どうも」
「ふふ、覚えてらっしゃらないでしょう?」
「え、えー」
「一度お会いしただけですものね。それもほんの少し」
彼女は花恋さんと真逆の上品な足取りで、私の正面に立つ。
「花猪です。花鹿がお世話になっております」
「あ、あー! あー! あの!」
言われてようやく思い出した!
花橋のお屋敷で会ったわ!
あの人か!
「お久しぶりです! まぁまぁまぁ、お座りください」
「ありがとう」
正直ほぼ知らない人だけどお客さん。
とりあえずお茶の準備をしていると、
「花猪さん、お久しぶりです」
花恭さんが花恋さん越しに話し掛ける
んだけど、
あれ?
なんか、
「花恭くんも、花鹿がお世話になってるわ」
「いえいえ。で、
何しに来たの?
妖怪狩りでもない人が」
なんか、トゲない?
なんて思ったのも束の間。
気付いてないのかスルーしたのか、花猪さんはゆったり返す。
「花鹿がこちらにお邪魔してるでしょう?」
「いやいや、邪魔なんて」
「よその人のお住まいに」
「えっ」
フォロー入れたら、ジロッと視線を向けられた。
怒ってはないけど笑ってもない。
「ですので
問題が起きていないか、一度観に行こうと思いまして」
もしかして、一族の監査リターンズ?
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