人の心と唐揚げが温かい
どうして花恭さんは、忙しい仕込みの最中に私を連れ出したがるんだろう。
そりゃ営業中に連れ出されれるよりマシではあるけど。
「どこか行きたい場所でもあるんですか?」
「いやぁ? 特にないよ?」
「えぇ……」
じゃあなんなんだよマジで。
今日はしとしと雨で、先日のザザ降りってほどじゃない。
それでも、外に出たがるのなんてカエルとカタツムリくらい。
歩道は都会だけあって、アスファルトが整備されている方だと思う。
それでも薄い水溜まりなんかはできるし、30分も歩けば足元くらいは濡れる。
たびたび雫が跳ねて、靴下越しに足首がヒヤッとする。
特に彼は着流しスタイルとはいえ、上等そうな和服を着ている。
いくら泥は跳ねないといっても、気になるはずなんだけど。
少なくとも、そんな高いブランドでもない膝丈ワンピースの私よりは。
そんなことを考えながら花恭さんを見つめていると、
「なんだい? 『美人の条件 夜目遠目傘の内』っていうけど。僕に見せてくれるのかい?」
「なっ」
彼はわざわざ傘を覗き込み、意地の悪い笑顔を見せてくる。
正直、向こうこそ美形ではあると思う。
こんなからかいでも、実はそんな悪い気はしない。
妖怪食べてると魔性になるのかもしれない。
ただ、それが霞むほどに性格は悪い。
「それよりですね」
「なんと」
花恭さんは大袈裟に肩をすくめる。
口説きが空振った男って、オーバーリアクションになるよね。
「じゃあなんだって急に、散歩なんかしたがったんですか。店で味見してる方が好きでしょ?」
「それはそうだけどね」
素直に料理の腕を肯定されてちょっとうれしい。
それはさておき、彼は人差し指を立てる。
「週刊誌に載ってたんだ」
「何が」
「あの一連の『首狩り族』、何やらけったいなところがあるらしい」
「またその話題ですか?」
正直景気のいい事件じゃない。
週刊誌のゴシップ的な記事も別に興味がない。
少しゲンナリしてしまう。
でも、花恭さんが私の気持ちを慮ることがあろうか。
「なんでも、首の切断方法が特殊すぎるらしい」
「うわぁ、一番知りたくない部分」
彼は立てた人差し指を左右へ振る。
「断面が汚すぎるんだと」
「そりゃ人の首切って『キレイだ』なんて、美的センス壊滅ですよ。倫理観花瀬花恭かよ」
「そうじゃなくてさぁ」
花恭さんのすくめた肩が下がる。
倫理観ディスが意外に効いた?
彼は咳払い一つ、仕切りなおす。
「グッチャグチャなんだって。たとえ使ったのがボロボロのノコギリでも、
刃物を使うかぎりはまずならないような」
イメージしてしまい、思わず唾を飲む。
いや、具体的なイメージができるわけじゃないけど、できないからこそ。
そして今度は逆に、言葉が口をついて出る。
「じゃ、じゃあ、どうやって?」
花恭さんは薄く笑うと、いや、目が笑っていない。
そのまま首を左右へ。
「さぁ、どうだろうねぇ」
それが答え。
というより、私が聞いた時点で、もっというとイメージできなかった時点で。
結論は出ていたんだ。
分からない
イメージできない
それすなわち、
「常識の、人間の範疇じゃない……。
まさか妖怪の仕業っていうんですか!?」
「声がおっきいよ。雨で人少ないってもね」
「あ、はい」
でもそういうことだろう。
だから花恭さんはわざわざ散歩に出たんだ。
妖怪を狩り、糧に喰らう者として。
雨の日に事件を起こす、つまり雨の日にしか出現しない
『雨の首狩り族』と出会うために。
つまり、
「ちょちょちょちょちょちょっ! またナチュラルに私を妖怪退治に連れ出してる!?」
「声。人に聞かれたら頭のおかしい人だと思われるよ」
「頭のおかしい人に言われましても」
「ん?」
首を傾げても無駄だよ。
世の中には否定できない事実というものがあるのだから。
「私も妖怪の存在を認めざるを得なかったんです。花恭さんも受け入れて」
「その2択が天秤に載るのおかしいでしょ」
相変わらず糸目だけど、圧が増したから一歩半距離を取る。
「そんなことより! 今回は別に目的地があるわけじゃないんでしょ!?」
「そうだね」
「じゃあ道案内いらないし! 私が行く必要ないでしょ!」
すると花恭さんは大袈裟に首を傾げる。
「でも。居場所が分からないから、いつ首狩り族に会えるかも分からないし。話し相手いないと寂しいじゃん?」
少し傘を高めに掲げて、顔が見えやすくする小細工付き。
騙されんぞ!
「急に顔で攻めてもダメ!」
「なんの話?」
「鈍感系王子さまはもう流行らない!!」
「いいからツラ貸しなよ。ワレ自分だけ足抜けできる思てんちゃうでェ」
「私がいつ花瀬組で盃交わしたんだよ!」
花恭さんは私を地獄へ引きずり込もうとしている!
思わず1、2歩退がると、
「うわっ!」
頭上からバキバキッ! と音がする。
それだけじゃない。
嫌な振動があった。
軽かったけどあった。
振り返ると街路樹があって、
私の傘が、枝の中に突っ込んでしまっている。
「あっはっはっ! バチ当たったんだ! 契りは怖いモンだぞぉ?」
「意味が違って聞こえるからやめてください!」
妖怪話よりよっぽど、人が聞いたら変に思うでしょ!
しばらく歩いてはきたけど、ご近所で変な噂立ったらどうしてくれるの!
とにかく急いで傘を回収すると、
「あ、あー」
「どうしたの」
「ほらこれ」
「あらま」
枝が刺さったんだ。
傘に数ヶ所、500円玉くらいの穴が開いている。
「ホントにバチ当たったね」
「誰のせいだと」
「仕方ないなぁ」
花恭さんは懐に手を突っ込むと、
中からホラーゲームとかで見るようなお札を取り出す。
「うわ、なにそれ」
「ほら」
そのまま質問に答えず、傘の穴を覆うように次々貼っていく。
「わっ、何してるんですか!」
「摩利支天」
「それはいいです! 私の傘を呪具にしないで!」
「してないよ。これはまだ何も込めてない、せいぜい撥水加工された紙さ」
「あ、そう」
彼は腰に手を当てる。
『失礼な』って感じ。
「それで応急処置くらいにはなる。でもせいぜい薄い紙だしな。長持ちしないから早く帰るといい」
「え、いいんですか?」
「濡れて風邪引かれたらかなわないし」
なんだかんだ、気を遣ってくれるみたい。
だったら最初からそうして。
「そうですか、じゃあ、ありがとうございます。私先に帰ります」
「熱〜いお茶淹れといてね」
「お店に戻ってくるんですね」
花恭さんは返事をせず、こちらに背を向けて歩いていく。
かろうじて傘の内に、ひらひら手を振るのが見えただけ。
せっかくの厚意を無駄にしたらよくない。
私も店へとUターンした。
その途中、10分くらい引き返したところ。
「あ、そうだ」
コンビニが視界に入って、はたと立ち止まる。
花恭さん、南蛮漬けは『もっと酸っぱい方がいい』とか言ってたな。
でもお酢、このまえ結構使ったんだよね。
買い足そう。
「基本なんでもスーパーの方が安いけど、ま、お酢の1本くらいなら」
私は傘を傘立てに突っ込み、自動ドアをくぐった。
いや、やっぱりコンビニはダメだ。
買いすぎる。
名誉のために言っておくと、誘惑に負けたんじゃない。
『シュレッドチーズまだあったっけ?』
『あ、ウーロン茶』
とか思い始めると止まらなかっただけ。
『ミスターからあげ』以外は、断じて負けていない。
でもちょっとショック。
さっさとお店に帰ろう。
コンビニの駐車場を抜けても、まだ気分が落ち着かない。
やっぱり『ミスターからあげ』が罪深く思える。
傘に当たってボツボツ音を立てる、雨のせいだ。
ええい、元凶など隠滅してしまえ!
でもこれ、容器に入った小さいから揚げを、ピックで刺して食べるヤツ。
傘と買い物袋を持っているだけに食べづらい。
マジでなんで買っちゃったの。
でも、雨で少しヒンヤリした手に容器越しのスナックが温かい。
なんとも言えない気持ちだ。
「……ラムチョップマサラ味おいしいなぁ。なんで鶏肉でバターチキンカレーにしなかったのか分かんないけど」
そんなわけで、私は唐揚げと気持ちを飲み込むのに夢中で
気付かなかった。
差している傘に、お札が貼られていないことに。
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