ストーンマンでもない
「千葉って?」
「千葉真一の家じゃないよ」
「いや、それはそうでしょうけど」
なんで千葉?
「今から?」
「今から」
「明日じゃ」
「ダメだねぇ」
さっきまで腰抜かしてたのはどこへやら。
カウンターに置いてあるスマホを手に取る。
「千葉のどのへんですか? まだ『一部は暴風域』って書いてありますけど」
「その暴風域のあたり」
「あのさぁ」
「いいから早く準備しな。小春さんが運転するんだから」
「話をさぁ」
花恭さんは食事がまだだったから、昨日のお店の残りをタッパーに詰めて。
部屋着を着替えていざ出発。
車を走らせ、5分もしてないくらいじゃないかな?
「あれ?」
歩道に見覚えのある……
「どしたの」
花恭さんは助手席でスマホをいじっている。
「車酔いしますよ」
「ぺこちゃんにL◯NEしてんの。『千葉行くから帰ってきたら留守だよ』って」
「あー」
確かに大事だよね。
場合によったら、臨時休業の札も出しといてもらわないとだし。
だけど、
「その必要はないっぽいですよ」
「ん?」
歩道の存在とはあっという間に目と鼻の先。
はっきり見える距離にいた、
黒のセーラー服は
「直接言えばいいと思います」
花鹿ちゃん
「あらホント」
なんだけど、
「花鹿ちゃん!」
「あ、小春さん」
後続車両が来てないから、路肩に寄せて停車。
窓を開ける。
花恭さん越し、近くで見ても、やっぱり花鹿ちゃん
ではあるけど、
「その、
ソレは何?」
彼女は両脇に細長い物体を抱えている。
こっち側からよく見える左脇には、
『私立花館学院目白台高等学校』
「道場破り? 昭和のヤンキーの学校戦争?」
「いえ、ウチの学校のです」
えぇ……まさかの『ス◯ールウォーズ』?
花鹿ちゃん廊下バイクで走るの? ラグビーするの?
いや、ドラマに看板盗むシーンあるか知らないけど。
と思ったけど。
彼女が右手に持っているもの。
ソレを見て、あることに思い至る。
「そっちのって!」
「はい。
『はる』の看板ですよ」
「ああああああ!!」
「コレがないとお困りだろうと思いまして。
体育の授業で格技場に行ったら、ちょうど看板が入れ替わってまして。
お届けに参りました」
「でかしたぁ!」
そう、ラブホの看板と入れ替わっていた、お店の看板。
てことは、
「その目白台高校も?」
「はい。これを届けに行こうと学校を出て、よく見たら『うまい! ほくほくコロッケ亭』に」
「お嬢さま学校が庶民の味に!」
ていうか、よく登校したときに気付かなかったね。
まさか私学の校門に馴染む『ほくほくコロッケ亭』があるとは思えないけど。
「で、途中で喫茶店に張り付いていたので、剥がしてきました」
「勝手にコスプレ喫茶にされてるじゃん」
なんて話をしていると、
「花鹿」
急に花恭さんが、静かに、だけどはっきりと割り込んでくる。
彼は腕を伸ばして、半ば強引に店の看板へ触れる。
「ご苦労さま。これは受け取っとくよ。早く学校戻りな」
あぁ、そうだった。
看板が戻ってきたことに意識が取られてたけど。
「そうだよ。今お昼休み? 戻るの間に合う? 送ってく?」
高校で一時外出が認められてるなんてめずらしい。
とにかく、あれだけ学校行け行け言ってた身だもん。
浮かれてる場合じゃない。
だけど、
「花恭さん」
花鹿ちゃんの第一声。
その響きだけで、続きを聞かなくても考えが分かる。
「コレは明らかに『ストーメン』の仕業です」
「ス、スト?」
「討伐に行くんでしょう?」
私は無視して会話が進む。
と言っても、数秒黙っていた花恭さん。
お互い一切視線を逸らさず見合ったあと、ゆっくり口を開く。
「本人は何一つ手強さのない手合いだ。君まで来ることはない」
きっと花恭さんも大人として、学業を優先させたいんだろう。
でも、
「花恭さん」
子どもの方は学校をサボりたがるもの
とかではなく
「私も花の一族です。
妖物を討つがことが使命であり、その存在が確認されたなら。
ただちに向かい、これを仕留めるこそ、何を置いてもの使命です」
真面目でひたむきな、強い意志が宿っている。
言い換えれば、説得しても応じない頑固さ。
それを向こうから強く提示している。
対する花恭さんはというと。
「はぁ」
やれやれ、と。
こちらも『仕方ないからな』とアピールしてみせる大袈裟な首振り。
「じゃあ急ぎだし、学校に看板返すのも明日な」
「はい」
花鹿ちゃんが後部座席へ乗るのを、逆に促してしまう。
「花恭さん」
私に同意してくれてる援軍だと思ってたのに、急に折れちゃって。
思わず困惑した声を溢すと、
「まぁそんな顔しないで。仕方ないよ」
こっちを見ずに、少しくたびれた声を出す。
「あんまりやいやい言っても、存在否定みたいになるしな」
ため息を混ぜながら。
なんか重い空気になってしまった。
ここで黙りこくれるほど私は強い人間じゃない。
喉に詰まった空気を吐き出すみたいに、別の話題を振る。
「ところで、聞いてもいいですか? その、シュトーレン?」
「クリスマスはまだ先だよ」
「分かってますけど」
「花恭さん昔丸齧りしてましたね」
「えぇ……。アレ生ハムの原木みたいに、薄く切って日にち掛けて食べるものですよ?」
「僕は人間の食べものでカロリー摂りすぎとかないから」
相変わらず無茶苦茶卑怯な体質だよね。
でもそれはそれとして、シュトーレンは保存用に砂糖の塊にしたドイツのケーキ。
胸焼けとかしないの?
というのはさておき、
「で、その、妖怪?」
「『ストーメン』はドイツの妖精ですね」
「やっぱドイツなんじゃん」
「だから語感は似てるんだろうな」
まぁ本場じゃ『シュトレン』って言って伸ばさないんだけどね。
「ソイツはなんなの? さっき花恭さんは『手強くない』って言ってたけど」
「そうですね」
アゴに手を当てたのは花鹿ちゃん。
代わりに答えてくれるらしい。
ていうか、説得に失敗した花恭さんはムスッとして、答える気がなさそう。
「『嵐の精』なんていうと強そうですし、実際『嵐を起こす』は強力ですが。
やることはせいぜい
『町中のお店の看板を入れ替える』
程度のイタズラ小僧なので」
「何ソレやることショボいのに迷惑度だけ高いじゃん」
でも聞くかぎり、人を殺傷するような面はなさそう
と思ったところで、
「え、ちょっと待って」
危うく見逃しかけていた、重要な点に気付く。
「嵐の精でさ。私たち今から千葉に行くわけでさ。花恭さんは『暴風域に行く』ってさ」
「だね」
「まさか、
私たち今から、台風に突っ込むの?」
「だね」
だねじゃねーよ。
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