新学期エ◯ァンゲリヲン
さて、密度の濃い夏が終わって、9月1日。
秋が来た。
来たったら来た。
残暑など知らぬ。
9月は秋です。
謎に薬局でもらえるカレンダーとかも、大体紅葉がデザインされてるでしょ。
だから9月はもう秋です。
誰がなんと言おうと。
「見なさい。この美しい朝の秋晴れを」
「夏も空は青いし、今日は入道雲出てますけどね」
時刻は朝6時半。
私は玄関を一歩出たところで、眩しい生命のフラッシュを享受している。
最近は仕事で遅寝遅起き。
そもそも普段の大学の講義も、なるべく遅めに入れてる。
朝の日差しなんて滅多に浴びない生活になってる。
たまにこうなると、生きてるって感じがする。
え?
じゃあなんで今日は起きてるの、って?
将来が不安で寝むれなかったのか、って?
違う違う。
その理由は、
「しかも全然涼しくない」
「知らないね。これからは、お酒はお湯割りツマミは特製おでんの季節よ。そうったらそう」
「でもビールも奴もメニューに残すんでしょ?」
「うん」
カウンターでハムエッグと白米を食べている
花鹿ちゃん。
半熟なら胡椒マヨ、堅焼きならケチャップ派らしい。
「ま、確かにまだ夏っぽいけど。今日だけは許してあげよう。何せ
せっかくの花鹿ちゃん登校初日だしね」
ってこと。
夏休み終わりて新学期。
朝ごはんと弁当を作ってあげるために起きた。
本人は
『お店の残り適当に食べて行きますから、寝といてくださいって。お昼もコンビニでパン買いますし』
と遠慮したけど。
私だっていろいろ世話になってるし、これからもなるし。
そう、
この時間まだグウタラ寝てて家事も店も手伝わない花恭さんと違ってね!
という愚痴はさておき。
とにかく私がしてあげたかったの。
それに、親御さんから預かってる大事な娘さんでもある。
年上として面倒を見る責任と義務がある。
っていうのもあるんだけど、
「学校のお偉いさんも、小春さんみたいな脳ミソしてますねぇ。今日も40度近くなるそうなのに、『2学期だから冬服』ですって」
「秋だからね」
「冬じゃないじゃん」
京都から転校してきた彼女は、今日からフレッシュウーマン。
いつものセーラー服は、白に黒の差し色とスカーフだったのが反転してる。
いつもは妖怪退治に度胸座ってる子でも、年齢なりにドキドキのはず。
朝、見送りたいじゃん?
「しかも『1学期は夏服』なんですって」
「じゃあ4月の三寒四温でも半袖なんだね」
「ぶぅ」
調べたところ、高校の衣替えは『6月から夏服、10月から冬服』が多いみたい。
移行期間として両方ありの時期もあるとか。
花の一族の息が掛かった私学だからか知らないけど、変わったルールだね。
この子の場合制服より、包帯の方が影響ありそうだけど。
「ところで、どうしてそう秋にこだわるんですか? 花の一族が言うのもなんですけど、古風な」
「いや、秋はキノコとかシャケにサンマ、おいしくてお酒に合う食材がいっぱいじゃん」
「食欲の秋、ですね」
「だから秋が来ないと、私たちはちょっと困る」
「でもそれ、カレンダー片手に言い張ってもムダじゃないですか? 気候で移りゆくものなんだから」
「銀杏の塩煎りもいいなぁ」
「あ、逃避だ」
「キンキンのビールによく合う」
「逃げ切れてない」
なんていうか、テンションが高い自覚はある。
そりゃもちろん、さっきの理由で私まで浮かれてるのはあるけど
一番は
『どうせほぼ行かないし』
いつだったか。
花鹿ちゃんは不良か悲しいことがあった子みたいな発言をしていた。
私だって勉強できないし、下手したらこのまま学歴関係なくお店を継ぐ。
何がなんでも学校行かなきゃダメ! とは言わない(説得力ない)けど。
でもやっぱり、滅多なことでなきゃ行った方がいいと思うし、心配になる。
だから花鹿ちゃんが普通に朝準備してるのがうれしい。
そりゃ妖怪退治が家の使命かもしれないけど。
そういうのに人生を全て持っていかれるのは、私のエゴだけど寂しい。
用事がなければ普通に行く気はある、っていうのは
救いがあるって言ったら大袈裟かな。
なんて、勝手に親の疑似体験してる私の気は多分知らずに。
まぁ知られて『ママ、ウザい』とか言われたら立ち直れないけど。
花鹿ちゃんはテレビをつける。
映し出されたのは、
『午前中はよく晴れる見込みです。しかし、午後からは徐々に風が強くなり……』
天気予報。
私たち飲食業に本日の客入りを暗示する神のお告げ。
「傘はいらないみたいですね」
「降らないなら、そんなに客入りに影響はしないかな?」
「日暮は涼しくなりそうですし、案外小春さんのホットメニューが売れるかも?」
「あー」
で、ここ最近は台風が多くて多くて。
お盆休んだ分を取り返すのに必死なのに、客入りは減りそうなことばかり。
「明日くらいから本格的に台風が来るんですって」
「直撃?」
「一応ギリギリで曲がる見込みだそうですけど。でも新学期早々、学校は休みになりそうです」
「まったく、空気読んでよね」
「はい?」
なんて会話をしばらくしたあと、
「あ、もうこんな時間! 行かなきゃ!」
食べ終わった食器をどっちが洗うかのスポンジ争奪戦を経て、(無事私の勝利)
7時ちょうど、カウンターでスマホをいじっていた花鹿ちゃんが立ち上がる。
「はいはい、行ってらっしゃい。あと洗濯物とかは、明日からは置いてったらいいからね」
「いやでも、他人男性である花恭さんの下着とか、小春さん大丈夫ですか?」
「それもそうか」
「それなら血縁者の私の方が……
はっ! まさか!?
もうそういう関係に!?
ときに下着が16歳には見せられない状態に!?」
「それだけテンション高いなら、早く学校行きなさい」
「では寝坊したときだけお願いしますね。
それじゃ、行ってきます!」
「はぁい行ってらっしゃい」
朝の日差しの中へ元気に飛び出していく背中を、カウンターで見送りつつ
「……母親ってこんな感じなのかなぁ」
私はよく分からない感慨を噛み締めた。
同時に、
花恭さんの下着とか、もう散々洗ってるけどね
なんて、改めて現状にドン引きもしつつ。
「まぁいいや、二度寝しよう」
お読みくださり、誠にありがとうございます。
少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、
☆評価、ブックマーク、『いいね』などを
よろしくお願いいたします。




