右見て左見てもムダなときはある
「痛だだだだ……!」
「小春さん死なないで!」
薄曇りだけど、快晴より涼しいとかは一切ない昼。
私、オン・ザ・病院のベッド。
「借金の請求は親御さんにしたらいいかな?」
「死なないから痛だだだ!」
ベッドサイドには花恭さんと花鹿ちゃん。
花鹿ちゃんはなぜかシスターのコスプレで、床に跪いて私の手を握る。
花恭さんに至っては、売店で買ったじゃが◯こ食べてる。
絶対真面目に見舞いに来てない。
そもそも私が死ぬ話ばっかりしてる時点でフザけてるよね。
読者の皆さんにも一応言っておくけど。
別に私、死ぬような状況じゃない。
ただ、昨日の朝のこと。
『ちょっと買い出し行きます』
『小春さん、「行きます」はダメだよ。縁起が悪い』
『え、なんで?』
『「行ってくる」じゃないと、「帰ってくる」のが含まれてないでしょ?』
『気にしすぎでしょ』
『そんなことありません。第二次世界大戦のおり、出撃する軍人たちは必ず
「行ってきます」
と言い、帰ってこない特攻兵たちだけが
「行きます」
と言い遺したのですから』
『言い返せない例持ち出すのやめて……』
『言霊は大事だよ』
『むしろこの話されたせいで言霊になりそうなんですけど。
ま、いいや、留守番よろしくお願いします。花鹿ちゃん、花恭さんがつまみ食いしないよう見張っといてね』
『言いなおすくらいパッとやったらいいのに』
『変に強情だなぁ』
『じゃあね。
ア゛ァ゛ーッ!!』
『小春さんが原チャリに撥ねられたっ!』
『スタート20秒で撥ねられたっ!』
ってことがあって、肋骨が折れました。
で、数日だけ入院することになったワケなんだけど。
骨折そのものがっていうより、肺に刺さらないか経過見ようねってことみたい。
問題なければすぐに退院できる。
しばらく固定バンドと痛み止めのお世話にはなるけど。
でも肋骨折って日帰りできるのも多いらしくて。
重傷かどうか分かんないね、これ。
「だから言ったんだ。『縁起悪いよ』って」
「言いなおせばよかったのに」
「日常に妖怪以外のオカルト持ち込まないのが、私のささやかな抵抗なの!」
「ムダな抵抗をする」
「抵抗しなければ楽に死ねたのに」
「肋骨折で死んでたまるもんですか!」
「肺気胸は死ぬよ」
なんなのコイツら!
労わるどころかボコボコじゃないの!
何しにきたのよ!
「花恋さんも心配してるよ? ほら自撮りメッセージ」
「心配してる人は自撮り送ってこないの!」
「ほら、尼僧コスですよ」
「やっぱり心配してない痛たたたた!」
「なんか盲腸みたい」
人がこんなに苦しんでるのに。
コイツら悪ふざけするだけすると、
「じゃ、そろそろ帰るよ」
「なんなの……」
さっさと帰り支度を始める。
まぁ支度するってほど荷物があるワケじゃないけど。
「もっといてほしいんですか? リンゴの皮剥いて『あーん』してほしいんですか?」
「そこまでは言わないけど。何しに来たんだとは思ってるよ」
「コスプレ見せに来ただけだよ」
「おぉ、もう……」
「むしろ2日連続お見舞いに来たんだよ? 感謝してほしいくらいさ」
「はいはい気を付けて帰ってね」
「あ、お花とお菓子と漫画はここ置いていきますね」
「そういうのあったのね」
うれしいし気が利くけど、必ず帳消しにするマイナスも持ってくるじゃん。
すごく疲れる。
「明日も来ますねー」
「それまでに治しとくんだよ」
「無茶言わないでください」
こうして嵐は過ぎ去った。
それから軽い検査があって。
お医者さん曰く『問題はなさそうです』とのこと。
「予定どおり退院できそうですね」
「よかったぁ」
30代くらいに見える男性医師はパソコンの画面を見る。
映ってるのは私の電子カルテ。たぶん。
「北上さんは確か、料理人をなさってらっしゃるとか」
「はい」
「退院後は即仕事を再開なさって大丈夫です」
「本当ですか!」
「むしろずっと動かないでいると、体が衰えてしまいますからね。適度に動くことも大事です。この入院中も、軽い散歩なんかなさるとよろしいですよ」
「なるほど」
そこまでしていいなら今帰ってもよくない? とは思うけど。
余計なことは言わないでおこう。
やっぱり重傷なのか分かんない容体だな。
「ただし、激しい運動や体力仕事は絶対に控えてください。
たとえば北上さんの場合だと、
『食材が入った重たい段ボール持ち上げる』
とか」
あとは、妖怪退治の同伴とかね。
これこそ余計なことは言わないけど。
ていうか、これでしばらく堂々と着いてくの拒否できるってこと!?
マジかよ最高じゃん!
なんなら1本ずつ肋骨折っていき痛だだだだ!!
「大丈夫ですか? 検査しなおしましょうか」
「大丈夫です……」
やっぱいいや、痛いもん。
これで散歩とかはしろっていうのも正気?
とは言ったものの。
「暇だなぁ」
花鹿ちゃんが持ってきてくれた漫画は3冊。
しかも読んだことがある、どころか私の愛読書。
おもしろいけれど、ほとんどのページが頭に入ってるレベル。
あっという間に読み終わってしまう。
テレビが備え付けてあるけど、お笑い芸人が政治にコメントしてる番組見てもね。
だからって、何もせずにゴロゴロしてると、
「あ痛つつつつ……!」
やっぱり骨はやられてるんだよね。
痛みを感じる。
先生は『すぐ仕事していい』って言ったけど、テキパキは無理そう。
ていうのはさておき、
「たしかにこれ、散歩でもしてた方が気は紛れるかも」
あるいはスマホいじるとかでもいい。
でも病室で触ってるのもなんとなくバツが悪いな。
そうだ、お見舞い客がコーヒーでも飲むカフェならいいでしょ。
病気じゃないし、使ってる薬もただの痛み止め。
アレ飲むなコレ食べるなナニ摂取するなは言われてない。
お昼の病院食も、思ったよりマズくなかったけど量が足りない。
「散策がてら、なんかつまもうっと」
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