殺人隠蔽
空と雲がだいたい半々くらい。
その両方が、血のように赤い。
真横から差してくるような西陽は、下手な夜より人を影絵にする。
今や数少なくなった銭湯ののっぽな煙突。
昔の時代にこんなものはなかっただろう。
しかし似たような高い建て物はあったかもしれない。
それを踏まえて見ると、墨汁に漬け込んだみたいに黒いシルエット。
なるほど、『黄昏時は妖魔が出る』の文句も分かる気がする。
いくら街が変わっても、地球あるかぎり空は変わらず。
そんな光景の真下では、
都内、下町の河川敷。
ちょうど土手とバイパスの橋杭で、周囲から隠れている場所。
「元はと言えば、アンタが浮気したのが悪いんでしょ!?」
「がっ!」
なぜああいう場所には石材ブロックが転がっているのだろう。
女性の腕力には重たいソレも、怒りに任せればこのとおり。
同年代の若い男の後頭部に炸裂する。
チャラ男系じゃないと油断してはいけない。
甘いマスクは結局浮気しやすい。
誘惑が多すぎる(もちろん屈する方が悪い)。
「あ、あ、やっちゃっ、た」
だとしても、暴力に訴えることはなかっただろう。
被害者である彼女が加害者になってしまうことはなかった。
さて、ここからが運命の分かれ目。
まだ息があるかもしれない。
救急車を呼ぶか
それともトドメを刺すか。
罪に向き合い自首するか
可能なかぎり隠蔽を図るか。
彼女の答えは、
「う、ぐ、ぐ、ぐ……!」
得てして土手は、背の高い草が多い。
ゴミもちょくちょく捨ててあったりする。
誰かがバーベキューでもして放置したのか、ブルーシートが落ちている。
彼女は知り合いではなく物盗りの犯行見せかけるべく、財布を抜き取ると
なるべく土手から死角になる位置を選んで、死体にシートを被せた。
その日の夜10時過ぎのこと。
くだんの河川敷に、一台のステーションワゴンがやってきた。
次第に速度を落としていく車体は、ついに土手で動きを止める。
運転席からスマホのライト片手に降りてきたのは、
昼間、ここで男を殺害した女性。
『犯人は現場に戻る』というが。
気になって戻ってきたのだろう。
あるいは、昼間は車がなかったので死体を運べず近場に隠した。
今から人目に付きにくい山でも海でも向かうのか。
とにかく、土手を河川敷側、しかも茂みへ向かう彼女の動き。
明確な目的があることは確かだ。
暗くて足元が悪いのも気にしない。
彼女は例のポイントの近くまでズンズンと進む。
が、離れていても5メートルもない、というところで、一度周囲をキョロキョロ。
夜にライトを光らせて目立っているのだ。
当然の警戒であり、冷静でもある。
結果、運命は彼女に味方した。
周囲に人の姿はない。
対岸に夜釣りの人もおらず、虫以外は川に魚の気配もない。
ホッと胸を撫で下ろした彼女は
意を決して死体のあたりへライトを向ける。
わずかな希望なら、どうか死体が消えていてほしい。
全て何かの間違い勘違い、夢であったなら。
だが正直、そこに死体が残っていてもほしい。
なくなっていたり、妙な変化が起きてでもいたら。
それはつまり、隠したものが誰かに見つかってしまったことになる。
ライトを向けておきながら、目を開くのは数秒遅れた。
しかし勇気を振り絞った視界に映るのは、
「えっ」
男の死体
ではなく、
「えっ、ひっ!?」
その上に覆い被さる
真っ白で
人の背丈くらいのサイズがあって
ブヨブヨと弛んでいて
直接短い手足の生えた
目もなければ耳もない、人間の頭部。
それが、ジュルジュルと音を立てて、何かしている。
分かるチャンスがあったとしても、決して認識したくない何かを。
「あ、あ、
いやああああああ!!」
彼女は弾けるようにワゴンへ逃げ込む。
降りるときより何倍も速く土手を駆け上がり、車を急発進。
全てを振り切るように、忘れるように去っていった。
その後、現時点で分かっていることは、
都内の河川敷にて、痩せ細った男の死体が発見されたことのみ。
犯人が逮捕されたかは、まだ誰も知らない。
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