暴走小春さん
ウサギを罠もなしに捕まえるって!?
「そんな無茶な! 小学校のころ小屋から脱走したヤツ捕まえるの、どんだけ大変だったか!」
「大丈夫だ! 寂れた店だから学校のグラウンドより狭い!」
「寂れてません! あとグラウンドより狭い隙間多いですよ!?」
「そこは包帯で六根清浄します! ホコリまみれになったらキレ散らかします!」
「勝手にやってキレないで!? あと花鹿ちゃんの六根清浄の使い方よく分かんないんだけど!」
「とにかく小学校のころと違って小春さんも大人だ! 今ならいける!」
悪いけど、小学生時代と比べて体力アップしてる大人はアスリートだけ。
私みたいな体育もなくなって運動しなくなった大学生は枯れてる。
せめてホールから出ないよう、それとなく牽制だけしておこう。
最後は体力オバケの一族が決めてくれるさ。
なぁに、夏休みだし昼まで寝てられる職業。
多少時間が掛かっても……
「この! ちょこまかしやがって!」
「あっ、炊飯器のコード齧ろうとしてる!」
「……」
「刀が使えたらこんなチビウサ、見る間に雀刺しにしてやるものを!」
「チビウサはマズいです……あ、跳んだ!」
「流しの方だな!」
「あぁっ! 上等のお切子が!」
「ソイツを殺せえええぇーーーーーっっっ!!」
「小春さんがキレた!」
「うおおああーっ!!」
持久戦とかヌルいこと言ってる場合じゃない!
1秒でも早くヤツを消し去る!
江戸切子の破片でハラワタかっ捌いてやる!!
「すごい! 二次被害を多発させそうな振り回し方だ!」
「ちょっと離れとこうか」
あんまりマジになった大人をナメるんじゃない!
一般大学生はもう日常でマジになる場面が少ないからね!
自分でももう、制御の仕方が分からなくなっちゃってるんだよ!
「どぅうああああああ!!」
「おぉっ! 意味のある動きには見えないけれど、確実に相手を追い詰めているっ!
明らかに関わっていけないタイプの気迫がそうさせているんだっ!」
「捕まえられたらなんでもいいけど、夜中に近所迷惑だな」
あの二人ですら割り込むスキがない勢いで格闘すること数十分。
「ヒーッ……! ヒーッ……! 追い詰めたぞ、ウサ公!」
「猟奇的な笑い方ですね」
「単に息が苦しいだけでしょ」
ついにヤツを、逃げ場のない角っこに追い詰めた。
怯えて震え、縮こまる切子破壊犯……もとい牛乳泥棒。
「もう逃げらないよ! オマエには
切子の分、
先日の牛乳の分、
切子の分、
花恭さんにしてる借金の分!
全部償ってもらうんだからーっ!」
「なんか関係ない罪までなすり付けようとしてますよ」
「切子の恨み深すぎだろ」
「ア◯フルのチワワみたいな目ぇしてもムダよ!
ピ◯ターラビットのお父さんも、マクレガーさんにパイにされたんだヨォ〜〜〜!!」
「これもうどっちが悪モンか分からないな」
「動物愛護団体激怒不可避」
ウケケケケケーッ! 知ったことか!
テメェはここで朽ち果てるのよーっ!
虫取り網を思い切り振りかぶったそのとき、
そういえば聞いたことがある。
剣術において、上段の構えというのは守りに脆い構えである、と。
腕を上げて胴体を晒していることはもちろん、
振りかぶった刀身は相手の方を向いていないから、防御ができないとか。
ウサギがそんなこと知ってるとは思わない。
でも、
「小春さん、危ない!」
「歯が!」
「うわっ!」
ヤツはちょうどそのスキを突いて、顔に向かって跳んできた。
噛み付く意図があったかは分からない。
でもウサギだって長い前歯はある。
ギリギリ体を捻っての回避が間に合った。
でも体勢が崩れて、隣の客席テーブルに尻餅を突く。
そのあいだにもウサギは横をすり抜けて、文字どおり脱兎のごとく逃走を図る。
視界の端で花恭さんが軽く身を沈めるのが見える。
花鹿ちゃんも包帯を飛ばそうと手を突き出す。
このままでもどっちかが捕獲してくれるはず。
でも私も、反射的に捕まえようとして、
ただし網はテーブルに手を突いた拍子に構えが崩れて、すぐには出ない。
結果、
「待てっ!」
その手でテーブルを押して飛び出した私は、
勢いそのまま
『グギュッ!!』
「あっ」
「きゃっ」
「うわ」
ウサギを思い切り踏み潰してしまった。
すごく生々しい、嫌な感触が靴底を通して伝わる
その瞬間、
『ブガッ!』
「ひあっ!?」
ウサギは断末魔とも物理現象ともつかない音を立てて、
大量のミルクを一気に吐き出した。
「うわわわわ! うわ! うわ!!」
しかも量が尋常じゃない!
そんな小さな体のどこに、
いや、質量保存の法則無視してないかってくらいの量。
バトル漫画でしか見ない血溜まりみたいな、広範囲の牛乳が床に広がる。
「な、なんじゃこりゃあ!」
どうりで花恭さん、刀を使わず捕獲にこだわったわけだよ。
とりあえず靴底を確認していると、
「コイツは『ミルクヘア』って言ってね」
花恭さんが隣へ来る。
ウサギの検死だろうか。
「なんですソレ。ヘアミルクの表記揺れですか?」
「逆にヘアミルクって何」
「男性だから化粧品詳しくないんですね」
彼はぺちゃんこになったミルクヘア? を指でつつく。
「北欧一帯で、いろんな呼び名、いろんな見た目で伝わってる存在だけどね。
共通して
『ミルクを盗む魔女の使い魔』
ってことになってる」
「へぇー」
「で、その手口が見てのとおり。飲む。で、家に帰ったら桶に吐き出す」
「汚い」
「人々の魔女への意識が見て取れるね」
花恭さんはついにウサギの尻尾を摘んで持ち上げる。
軽く振っても抵抗する様子すらないから、完全に死んでる。
代わりにミルクが飛び散る。やめて。
「だから牛乳パックにあんな穴が開いてたワケだ。
そこから牛乳を飲むために、前歯でガリッと」
「じゃあ世間を騒がせてた、一連の牛乳泥棒も全部コイツですか」
あれ? じゃあ、
「てことは花恭さん! コイツを使役してる魔女がどこかにいるってことですか!?」
それは大変マズいと思う。
少なくとも泥棒する程度には人に害意のある超常的存在だもの。
妖怪かは知らないけど、同じような危険を孕んでいるはず。
ただ、花恭さんは
「んー、
ソレはないんじゃない?」
意外に楽観的。
「どうして?」
「逆に小春さんが魔女だったしよう。こんな連日連夜大量のミルク持ってこられて、どうするっていうの」
「あー」
「たぶんコイツは、主たる魔女がもう亡くなったんだろうな。
盗みを指示したり、逆にセーブする存在がいない。
だから役割と本能に忠実に、ひたすら盗みを続けたんだ。際限なく、意味もなく」
「なるほど」
なんかSFみたい。
『人類が滅んだあとも動き続ける、自動化された工場』
みたいな。
「なかには魔力オンリーで生成された、
『主が死ぬと一緒に消える』
『魔力供給が途絶えると数日で動かなくなる』
ヤツもいるけどね。
人造人間みたいに材料用意して作ったヤツには、
『個体の命として稼動し続ける』
ヤツもいる。
そういうのが野良化して、ときどき術師界隈でも問題になるんだよ」
なんでファンタジーが高齢者のペット問題っぽくなるの。
魔女は高齢者が多いイメージではあるけど。
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