あらカワイイ、って場合じゃない
「ホントに来た! あんなので来た!」
「静かに」
声を静めて、改めて音を聞く。
なんだろう。
鍵穴を針金でピッキングしてるのかな?
違う。
ソレにしては、音の位置が低い。
集中して聞くと、鍵穴がある位置より下から音が響いてくる。
いや、下なんてもんじゃない。
もっと、地面スレスレの……
「なんだろう? 引き戸をレールから外して、取り外して侵入する気かな?」
「さぁてねぇ」
「夜中の路上に這いつくばってそんなことしてる人いたら、笑ってしまいますね」
「笑ってないで通報しなよ」
のんきすぎるでしょこの人たち。
今まさにそのヤベぇヤツが目の前にいるんだよ!
古い昭和の木造建築の、うっすい木戸1枚隔てて!
「どうします? 通報しますか? 飛び出して捕まえますか?」
私としては一刻も早く解決したいところ。
怖いしキモいし。
でも花恭さんは首を左右へ。
「いや、もうちょっと待とう」
「えぇ……」
いくら腕っぷしがあるからって。
頼もしい超えて若干引く。
なんて、我ながら失礼なことを考えてるうちに、
「あれ、音止んだ?」
「みたいだね」
「諦めて帰ったのかな?」
別に対侵入者向けの特別な対策や改良はしていない。
昨日はたまたま外せただけ?
でもそれじゃあ
「せっかく待ち伏せたのに逃げられたじゃないですか。追い掛けます?」
次の手を打ちたい
あるいは打たないなら『打たない』と、方針を決めたいところ。
解散宣言してくれたら寝られるし。
でもこれもまた、
「しっ」
遮られる。
人差し指は『静かにしろ』のジェスチャー。
言われるがままに黙っていると、
ガリ……
ガリ……
さっきとは違う音がする。
帰ってない。
まだいる。
それで、音の感じはなんだろう。
アクションが変わったっていうより、対象の材質が変わった感じ。
どこから鳴ってる?
まだ外ってことは分かる。
ただ、玄関ほど場所の特定性がない。
どっかの壁かな。
壁も外側は木だけど、内側に土壁だか鉄筋コンクリートだかが挟まっている。
ただ、ソレにしたら、
なんか、妙にはっきり音が聞こえるような
すると急に、
ガコッのようなバキッのような
違う音が混じった。
別に低い音じゃない。
そうなったことがない人には伝わらないけど、
『扇風機を分解するとき、硬くハマってるカバーを強引に外した』
みたいな音。
一緒じゃないけど、近いのはそれ。
ここまでくると、『なんだなんだ!』とか頭に浮かんでも口に出さない。
黙ってるんじゃなくて言葉にするのを忘れる。
夜中で、雨も降ってなくて、冷房はつけてるのに
それでも一筋の汗が右目とこめかみのあいだを通る。
そのわずかな時間だけ音は止まっていたけど。
アゴから落ちるころには
ゴッ
ゴン
全然毛色の違う、低いものに変化している。
なんだろう、聞いたことがある。
今回のはさっきと違って、まったく同じものを知っている。
あ
そっか、そうだ、
「パニックホラーだ」
「何がだい」
頭の中で情報が繋がった快感。
それがいくらか緊張を解いて、言葉を紡がせたみたい。
耳で拾った花恭さんが怪訝な顔をしている。
「いや、昔見たモンスター系のパニックホラーでですね。怪物が天井の通気ダクトの中を移動するとき……」
通気ダクトと同じ音?
もしかして。
玄関がある壁の左上に視線が吸い寄せられる。
店のホール、そこには厨房とは別で、小さいけれど、
換気扇が付いている。
しかも古い建物だから、特にカバーも付いていない代物。
「まさか、室外機の蓋外して、あの細い管通って……?」
あり得ない。
あんなの人間なら赤ん坊だって通れない幅だもん。
そう、人間なら。
私の脳みそが、ずっと持っていた疑惑を確信に切り替えたそのとき、
剥き出しのスクリューみたいな形をした換気扇。
わずかな隙間から、
ヒョコッと、
小さい何かが顔を出した。
わっ、
と声を出し掛けたかは分からない。
でも何より早く、花恭さんの手が私の口を抑える。
そこから1秒も遅れることなく花鹿ちゃんの手が重なる。
それはさておき。
暗くてよく見えないけど、
向こうもキョロキョロと周囲を見回す動き。
つまり頭部にあたるソレのシルエットが、
明らかに人間のサイズじゃない。
もっと小さい。
やがて、安全を確認できたんだろう。
影はピョンと換気扇から近くのテーブルへ飛び降りる。
小動物って言葉がドンピシャのサイズ感。
四足歩行。
何より、
人間の握り拳大の頭から伸びる、2本の長い、立った耳。
「ウサギだ!」
思わず叫んだ瞬間、
パッとホールに電気がつく。
見れば花恭さんがスイッチを押したらしい。
視線を戻したころには、ウサギはピョンと換気扇へ。
私の声に反応して、すでに逃げを打っていた感じ。
でもさすがの跳躍が逃げ道に到達するより一瞬早く、
花鹿ちゃんの包帯ロケットハンドが換気扇を叩いて覆い被さる。
そのまま包帯に突っ込んだウサギは、
『ヂッ!』
と悲鳴を溢して吹っ飛ぶ。
ウサギって鳴き声あるんだ、じゃなくて。
あの包帯はお経が書き込まれた妖怪特効(洗濯するので4セットある)。
ソレに弾かれるってことは、
その衝撃で、
口から泡じゃない、白い液体を吹き出しているってことは
間違いない、
「コイツ、妖怪で牛乳泥棒だ!」
「小春さん!」
花恭さんの大きな声。
振り返ると同時、彼が何か投げて寄越す。
反射的に受け取った長い棒状のソレは、
花鹿ちゃんが『ツチノコイエー!』とか言ってたときに持ってた虫取り網。
まさかコレで妖怪を!?
花恭さんを二度見すると、彼に至っては素手。
威嚇するレッサーパンダのポーズで堂々たる宣言をする。
「アイツはすばしっこい!
部屋の隅に追い詰めて捕まえるよ!」
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