これなら無銭飲食の方がよっぽどマシ
【お知らせ】『小料理屋 はる』、明日より営業再開します。
【悲報】『小料理屋 はる』、再開前夜に破産確定!!
皆さま長らくのご愛顧、誠に……
「待てぇこの食い逃げぇ〜!!」
そうなっては困るので。
私は深夜、あるいは早朝の4時、神田神保町の路上を激走中。
「くっそう! 『コーンヘッズ』みたいな頭して!」
やたら後頭部の長い、毛のないおじいさんを追いかけて。
どうしてこうなったのか。
少し時を遡る。
深夜2時14分。
私、北上小春は、ベッドの中でギンギン状態。
目が、ね。
どうしてかというと、
明日、ていうか日付は今日
祖父の店を引き継ぐことになったから。
おじいちゃんのお店、『小料理屋 はる』。
店名の由来だったおばあちゃんはもういなくて、一人で切り盛りしてた。
だから高校生のころから配膳やレジ、大学生になってからはお料理も
アルバイトとして手伝ってきたんだけど。
つい先日、そのおじいちゃんが心臓の病気で倒れてしまった。
いつ戻って来れるかも分からない状況らしい。
お父さんたちはお店を畳むことも考えたらしいけど、
おじいちゃんたっての願い。
『帰ってくる目標がある方が、治療にもいいだろう』ってことで、残すことになった。
でもそのあいだ、お店はどうするの?
休業?
固定資産税は?
ってなったとき、白羽の矢が立ったのが、
「小春」
「なぁに、お母さん」
「小春はおじいちゃんのお店でバイトしてたし、いろいろ知ってるでしょ?」
大学が夏休みに入る私だった。
2階が住居で、1階がお店とバックヤード。
「お水飲も」
興奮と緊張で寝付けない。
準備のチェックも兼ねて降りると、
「あれ?
電気ついてる?」
バックヤードとホールを遮る暖簾の下から漏れる光。
『楽しそう! 私も混ぜてください!』
『ハンバーグに?』
深夜アニメっぽい音声。
そして、
カウンター席でお酒飲んでる
後頭部の長い、和服の小柄なおじいさん。
「ん?」
「あ、こんばんは」
「邪魔しとるぞい」
「みたいですね」
おじいさんはアニメに視線を戻す。
画面では美少女3人がお料理中。
「ハンバーグ、のう。おぬし」
おじいさんがまたこっちを向く。
長い後頭部のスイングがすごい。
「なんでしょう」
「この店の主か」
「そうなると思います」
「ではツマミを作れ。まずは肉が食いたい」
「あっ、はい」
それから1時間以上、
「唐揚げです」
「うむ」
「揚げ出し豆腐です」
「よいの」
「手作りチーズつくねです」
「うまし」
「アスパラの串揚げです」
「ソースはどこじゃ」
「だし巻きです」
「大根おろしにしょうゆをチョイ垂らし」
私はおじいさんにおつまみを作り続けた。
お店の食材で。
おじいさんは歳と体格に似合わず食べ続けた。
お店の酒を合わせて。
深夜アニメも終わって、よく分からないテレビショッピングばかりになったころ。
「うむ。馳走になったの」
おじいさんはようやく立ち去る。
ピシャリと引き戸が閉められると、残ったのは宴のあと。
ビールから高い焼酎まで、飲み尽くされた空き瓶。
少年マンガの主人公でも来たみたいに、積み上げられた皿。
洗いもの大変だなぁ
お金でも貰わないとやってられないよね
と思ったそのとき、
「あれ、お金?」
頭の中で小さく電撃が走った感覚。
「あのおじいさん、お金払ってない!!」
お酒も食材もほぼ全滅。
このままじゃ明日のオープンなんか絶対間に合わない。
どころか利益ゼロの大赤字、お店が潰れちゃう!
おじいちゃんに託されたばかりなのに!!
「こら〜! 待てぇ〜! 無銭飲食!!」
ていうかなんで私、言われるがままにおつまみ作ってたんだろう。
不法侵入者がいたらすぐ通報でしょ。
でも今は考えたり悔やんでいる場合じゃない。
私は慌てて店を飛び出して、
「もぉ、スタミナもあるの……!?」
お話は冒頭の鬼ごっこへ。
私も運動得意じゃないけど、浴びるほど飲み食いして互角って。
どういうことなの、あのおじいさん。
「ふぅむ、しつこいのう」
しかも聞こえてきた声は少しも息が乱れていない。
後ろを振り返る余裕まであるみたい。
このバケモノぉ。
「若いの、それ以上追ってきたら死ぬるぞ?」
「お金回収しないとお店が死ぬの!」
「なるほどのう」
おじいさん、明らかにこっちの事情気にしてない!
だけど、
「ならば仕方ないのう」
その割にようやく足を止めて、体ごとこっちへ振り返る。
「最初からそうしてよぉ。あー、しんど。ていうか、ちゃんと払えます? お酒だけでもざっと計算して」
「仕方ないのう」
「っ」
こっちからも近付こうとして足が止まる。
だって、被せてきた声が、明らかにさっきまでと違う。
バラエティの具志堅用高さんと、試合中の具志堅さんくらい違う。
いや、それなら雰囲気だけの問題、だけど
「惜しい腕の料理人じゃったが。
そういうことなら、死ぬしかないのう」
「えっ」
本当に震えなきゃいけないのは、ここから。
物騒な発言、普通なら『何言ってるの』ってところだけど、
絶対にハッタリじゃない
おじいさんから発せられる、目を凝らせば見えそうなオーラが囁く。
頭からブワッと汗が吹き出す。
水滴同士がくっ付いて大きい滴になるのも、気持ち悪いくらい細かく分かる。
あ、あ、今こめかみから、アゴ、アゴに行った。
あ、アスファルトに落ちる……
ってタイミングで、
向こうも杖を両手で持ち、地面にカツンと突き立てる。
すると、
あぁ、私、本当は寝付けてて、悪い夢でも見てるんじゃないかな
波紋が広がるように、
おじいさんを中心に、黒い渦が広がり始める。
目を凝らせば見えそうだったオーラを、イメージどおり再現したみたいな。
さっきまで薄明るかったよね? 夏の4時台だったよね?
深夜に戻ったの?
アレは、なんていうか、
絵の具や墨汁じゃ出せない、夜の闇みたいな
根源的に忌避感のある黒。
それだけじゃない。
地鳴りか、獣や人間の唸り声か。
そんな感じの音も漏れ出てる。
そのなかを突き抜けてくる、おじいさんのしゃがれた声。
「来い、牛鬼」
間隔はわずか、ひと呼吸。
『ぶもおおぉぉ……』
今度ははっきり、牛の唸り声。
同時に、
大きな何かが、渦の中から迫り上がってくる。
「牛鬼って、自覚なさすぎだよ……」
大きい、あまりにも大きい。
牛なんて範疇じゃない。
視界に映る白んだ空を、半分以上隠してしまうほどに大きい。
牛の要素なんて角しかないじゃん。
顔ももう3倍怖い獅子舞だよ。
オマケに体は真っ黒い蜘蛛だし。
「うまいメシだったしの。見逃してやろうかと思っておったが」
冷たい声だ。
もうバケモノの向こうに隠れて見えない、おじいさんの声か。
「さらばじゃ若いの。妖怪たちの時間に出歩いたのが運の尽きよ」
もうそんなことどうだっていい。
バケモノが大きすぎて、お互い一歩も詰めていないのに目と鼻の先。
視界が顔で埋め尽くされている。
「えへ、牛なのに犬歯がある……」
それって肉食ってことだ。
口裂け女みたいな口から突き付けられる、
生々しい赤
生暖かい空気
生臭い息。
『ぶもおおぉぉ……』
元から足は震えてたけど、鼻息に押されて尻餅をつく。
わぁ、歯ぁカチカチ鳴らしてる。
立ち上がる気力も湧かないや。
やがて歯を鳴らすのも止まって、
代わりに、見せ付けるように口が大きく開く。
私の身長が2メートルあっても噛まず飲みできそう。
「ひひ、ひ……」
逆に噛まれないなら痛くないかも?
ささやかな希望が生まれたかもしれない。
『フン! フン!』
あぁ、近い。鼻息が近いよ。
終わっ
『ぶもおおおああ!!??』
「な、なに!?」
気絶しかけた瞬間、
なんか急に、バケモノの首が苦しげにのけ反っている。
なに!? なんなの!?
全然頭が追い付かない。
でものけ反った分だけ顔が遠くなった。
ちょっと頭が解凍できそう……
あれ?
まだ私はパニックの最中で、ついにおかしくなったのかもしれない。
牛鬼とかいうのの首の向こう。
その背中に
「あーあ、ぬらりひょん、もう逃げたか」
和傘を持った、男の人が立っている。
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