第2話 −数奇な出会い−
視界に捉えたのは鮮やかな血色ではなく、汚れ一つない無垢な白色だった。それはふわりと柔らかく宙をなびき、まるでそれが光を発しているかのように眩しく目に映る。突然の出来事に驚き、尻餅をついたままその場から動けずにいると、白髪の男は殺人鬼に話しかける。
「貧弱な魔物風情が何故こんなところにいる」
「あ゙?テメェ、誰が魔物だと...? 俺は魔族の中で一番位の高い"悪魔"だ!! その辺の感情も持たないゴミ共と一緒にするな!!」
(神の血を持っているからと調子に乗りやがって...今すぐ殺してやる!!)
「"混血"のくせして調子乗ってんじゃねぇ!!」
殺人鬼が怒りに身を任せ、拳を振りかぶったその瞬間、目にも留まらぬ速さで殺人鬼の両手と胴は切断され、右胸に刃を突き刺され、宙で固定される。
「がぁぁっ!? かはっ...」
(再生ができねぇ...どうなってやがる...!)
「もう一度聞く。何故こんなところにいる」
「テメェには教えてやんねぇよ」
殺人鬼は鋭く睨みつける白髪の男を嘲るようにフンと鼻を鳴らし、見下す。その様子に「ハァ」と溜息を吐き、「もう良い」と呆れたように一言言い放つと、殺人鬼を乱暴に地面へ投げ捨てる。
「大丈夫か。怪我は?」
白髪の男はこちらへ振り返り、目線を合わせるように屈むと、殺人鬼に話しかけていたような低い威圧的な声色ではなく、とても優しく穏やかな声で怪我の有無を確認してくる。男はとても綺麗な顔立ちをしており、世間一般で言う、"ハンサム"と呼ばれるものに相当するだろう。
「だいじょぶ、です。怪我も特には...」
「そうか」
白髪の男はフッと微笑み、一言呟くように言うと、こちらに手を差し伸べる。この微笑みを見た女性たちは卒倒してしまうことだろう。
「おい、ボウズ大丈夫か!!」
先程どこかに行ってしまった男が小走りでこちらに向かってくる。
「あんたは...」
「とりあえず、怪我人を診てきてくれ」
「あ、あぁ。わかった」
白髪の男を見て何かを言いかけたが、言われた通り怪我人の元へと向かって行った。どこかへ走って行ったり、戻ってきたかと思えば怪我人の様子を診たりと、とても忙しそうだ。
「立てるか?」
「はい、ありがとうございます」
顔の良さに加えて紳士的とまできた。これは確実にモテるだろう──って、今はそんなことを言っている場合ではない!
危機的状況を前に、呑気なことを考えているリオは、ある一つの違和感に気がつく。それは、普通の人間であればすぐに気がつくような大きな違和感であり、またしても今の状況には不相応なものであった。
耳が長い......
目の前にいる白髪の男の耳は、自分や周りの人間たちと比べて明らかに長いのだ。そしてそれは、両手と下半身を切断され、芋虫のように地面に這いつくばる殺人鬼と同じなのである。
これはどういうことだ?この白髪の男は、まさか殺人鬼なのではないだろうか?いや、それはない。ならば、先ほど町の住民が叫んでいた"あくま"と呼ばれるものなのではないだろうか......
「おい、どこへ行くつもりだ」
そんな他の人が聞けばくだらないようなことを長々と考えていると、白髪の男は芋虫のようになってしまった殺人鬼を冷酷な目で見下ろし、凍てつくほどの声音で牽制しようとする。しかし、殺人鬼はその言葉に一切反応することはなく、ただただ生き残ろうと必死に地面を這いつくばり、逃亡を図ろうとしていた。その様子を見ていると、なんだかとても可哀想に思えてくる。
「その人、どうするんですか?」
「殺す。それだけだ」
白髪の男はそう冷たく吐き捨てるように言う。確かにこの人は沢山の人を傷つけただろうけど、情状酌量の余地がないわけではないんじゃないか...とも思う。殺すという選択が果たして正解なのかも疑問だ。
「悪魔相手に慈悲は必要ない。人と同じだと思うだけ無駄だ。放っておけば罪のない多くの人が殺される...だからそうなる前に殺す」
疑問に思ったことに対して、答えるように言う。まるで今自分の考えていることを見透かされたようだった。
「ひぃっ! た、頼む、殺さないでくれ!!」
殺人鬼は顔を恐怖で歪ませ、何度も必死に懇願する。先ほど白髪の男が言っていたことが本当だったとしても、こんな姿を見せられてしまっては、少しの哀れみも同情もせずに殺すことなんて自分にはできないと感じる。
「俺には家族がいるんだ!だから頼む!! 殺さないでくれ!!」
殺人鬼が家族がいるのだと話した瞬間、空気が一変する。白髪の男からなぜか殺意のようなものをヒリヒリと感じ、それがこちらに向けられていないとわかっていても恐怖を感じてしまうほどだ。
普通ならここで抱く感情は怒りや殺意などではなく、同情や慈悲などであろう。大切な家族がいるのだと知ってしまえば、誰も彼もが多少なりともその感情を抱くはずだ。しかし、白髪の男からはその感情の類を一切感じ取れない。
「お願いします...! 娘と妻が──」
視界が再び白一色に覆われ、様子が見えなくなってしまった。その次の瞬間、何かを切断するような音がすると同時に、殺人鬼の命乞いをする声が聞こえなくなった。
「もう良い。なにも喋るな」
白髪の男は静かにそう呟くと、視界を遮っていた白いマントを下ろす。その先に見えたのは、両手と胴の切断された殺人鬼の身体と、地面に転がっている首があった。白髪の男の持つ剣の身には血が付着しており、何があったのか一目瞭然である。おそらく、先程聞こえた"音"の正体は首を切断された時の音なのだろう。そう考えると、とても恐ろしい。
「クソッ...混血め...!!」
「な、生首が喋った...!?」
身体から切り離されたはずの首が声を発する。普通ではありえない現象に、聞き間違えではないか?と自分を納得させようとする。
「お前はいつか必ず殺してやる...!!」
身体が徐々に黒い灰のように変化し、ボロボロと崩れながらも怒りの形相で恨み言を叫ぶ。その様子は、殺人鬼が生首ということも相まってさらに恐怖が増していく。
白髪の男はそれに対して何を言うでもなく、ただ殺人鬼を見下ろしていた。そして殺人鬼は、身体全て──いや、身体だけではなく、地面に飛び散った血痕も灰のようになり跡形もなく消えてしまった。まるで、元々殺人鬼なんか居なかったのだというほど綺麗さっぱりに無くなってしまったのだ。
「すまない、嫌なものを見せたな。体調は?」
「え?あ、いえ...特には...」
さっきと違いすぎて逆に怖い...
「さっき悪魔が言ったことは全て嘘だ。だからあまり気に病む必要はない」
「...どうして分かるんですか」
殺人鬼があんなふうに懇願していたのが全て嘘だとは思えなかった。恐怖に歪む顔も、震えた声も、まるで本物だ。
「悪魔には階級と呼ばれるものがあるんだが──」
そういえば、町の人やあの殺人鬼も言ってたけど、"あくま"ってなんだろう。人の名前?
「おい、聞いてるのか」
「あ、ごめんなさい。その"あくま"ってのが気になって...」
「お前、悪魔を知らないのか...?」
白髪の男はひどく信じられないといった様子で聞いてくる。"あくま"と呼ばれるものはそれほど重要なのだろう。
「はい。まずいですか?」
「まぁ、そうだな。この世界で悪魔を知らない奴はいないくらいだからな」
「そんなに有名人なんですか!?」
「いや、有名人ではないが...」
まさか"あくま"と呼ばれる存在を知らないのが世界で自分だけだとは思わなかった。それなら、先ほど白髪の男が驚いたことにも納得がいく。
「本当に何も知らないのか?」
「はい......」
白髪の男は未だに信じられず、懐疑的な反応をする。自分の中の記憶をいくら辿っても、それらしいものは見出だせなかった。
──あれ?そもそも僕って、何してたんだっけ...
記憶を辿っていると、ふとある一つの疑問が生まれる。
変な森で目が覚めて...その前は?何をしてた?
それは次第に大きく、深くなっていき、いつしかリオの思考を飲み込んでいった。
いくら考えても答えが出ない
思い出せない




