第1話 −目覚め−
遥か昔、この世界で大戦争が起こった。
その大戦争は、この世界の三大種族である
【人間】【神】【悪魔】
の間での最大の戦争となった
「ん〜...」
一人の人物が小さな唸り声を上げる。
「どこ...ここ」
重たい身体を起こし、辺りをぐるりと見回す。人工的に造られたであろう石造りの壁が暗い空間の四方を囲っているが、天井や壁に大きく穴が空いていたり、そこら中に苔が生していたりと、まるで随分昔に造られたような場所だ。
「随分と古い場所...ん、なんだこれ?」
マモノ ココニ フウイン ス
「マモノ...? フウイン...?」
謎の石版のようなものに、かなり読みにくい字面で魔物だの封印だのと物騒なことが書かれている。
「まじか...」
もしかしたらここ、凄くやばいところなのかもしれない。ここに書いてある魔物とかいうのが現れたら、また眠りにつくことになってしまう。せっかく起きたのに...それだけは嫌だ...!とりあえず、何もない今のうちにここから脱出しよう。
この広い空間から出口へと続く通路を足早に進んでいく。
「不気味だ...」
建物から出てみると、そこにはたくさんの木がところ狭しと生えており、今の時間は夜なのかかなり暗く、遠くが暗闇に包まれている。
「...よし、行こう」
覚悟を決め、暗闇の先へと突き進んでいく。周りの景色がはっきりと分からず、一歩、また一歩と歩みを進めていくごとに恐怖が増幅されていくのを感じる。道なき道を進んでいると、不意にどこからか葉擦れの音が聞こえてくる。
「な、なに...?」
足を止め、息を潜めて聞こえてくる音に集中すると、その音はだんだんとこちらに近づいてきているような気がする。それと同時に謎の閉塞感が自分を囲う。
ここに居ちゃだめだ。はやく逃げないと!!
追い込まれるかのような圧迫感から逃れるため、全速力で走る。先のことを考えている暇はない。
無我夢中で走っていると、突然眩い光が視界を埋め尽くし、反射的に目を閉じる。そのまま足が縺れ、地面へと転がる。
「うっ...痛...」
恐る恐る目を開けるとそこには、先程の不気味な森とは正反対の緑々しい大地と、それを輝かしく照らす青空が眩しく映る。
ふと、遠くの方へと視線を移すと、荷車を引く馬を連れた人の姿が見えた。おそらくあれは行商人か貿易商だろう。
とりあえずこの森の近くに居るのは危ないから、向こうに行こう。
森から少し離れると、人工的に作られたであろう石造りの街道が現れる。行商人の後をついていくように街道を進んでいくと、そこそこ大きい町へと辿り着く。人が多く、たくさんの店が立ち並び、店主と客たちの声がいたるところから聞こえ、町を飛び交う。
「おい、そこのボウズ」
突然、背後から誰かに声をかけられる。別の誰かに声をかけただけかもしれないと思ったが、聞こえてきた方向が真後ろだったため恐る恐る振り返る。すると、上半身は襟ぐりが深く袖のない服、下半身は鎧を着た男が、明らかに用がありますよと言わんばかりに腕を組み、こちらを見下ろしていた。
「...僕、ですか?」
間違っていたら恥ずかしいので、一応周りを確認し、相手に自分に言ったのかどうか聞く。
「お前以外に誰がいるんだ」
男は至極当然というように答える。
別に分かってましたけども...一応聞いたんですよ、一応。
「ここは通行人の邪魔になるから歩きながら話そう」
引き留めたのアンタだろ!!
そう言いかけたが、心のなかに留めて置くことにした。
男は「とりあえず付いて来い」と言うと、こちらの返事を待つことなく歩き始める。その後を仕方がなくついて行く。
「...何の用ですか」
男の少し後ろを付いて歩きながら疑問に思ったことを聞く。
「いや、この辺じゃ見かけない顔だと思ってな」
見かけない顔...?別にそんな特徴的な顔をしているわけではないと思うんだけどな。
「そこまで警戒しなくてもいいだろ」
男はこちらを一瞥したかと思うと、突然笑いだす。どうやら男を警戒しすぎてそれが顔に出てしまっていたらしい。
「ボウズ、どっから来たんだ?」
「近くの森からです」
「近くの森って...まさかあの森か!?」
「そうです」
"あの森"が正確にどの森のことを指しているかはわからないが、多分自分が居た森のことを言ってそうなのでとりあえず肯定しておく。
「あそこは魔物が多く住み着いていて危険な場所なんだぞ。近くを通る分には問題ないが、中に入れば最後、生きて脱出することはできないと言われている...そんな場所に、ボウズ一人で...?」
「...はい」
なにかあると思ってはいたけど、そんなにやばい場所だったとは...というよりも、僕はなんでそんな危険な場所で寝てたんだ...?
「そもそも、なんでそんな危ないとこに行ったんだ。森の存在を知らないヤツでさえ入ろうとしないのに」
「...わからない、です」
「わからない〜? そんなはずねぇだろ。」
「本当です! なんであの森にいたのか全く...」
男は自身の不安を読み取ったのか、渋々ではあるが納得した様子で、「そうか...」と一言呟く。
「そういやボウズ、名前はなんだ?」
「え? あぁ、えっと...」
自分の予期せぬ質問をされたため少し驚いたが、それに答えるべく思考を巡らせる。
──あれ、名前...なんだっけ?
いくら考えても、いくら思い出そうとしても、わからない。思い出せない。それよりももっと大事なことを忘れているような......
「どうした? ボウズ、なんか変だぞ」
どうしよう。名前...せめて名前だけでも......
──リオ──
「...!」
─あなたの名前はリオ。今はそう名乗りなさい─
今のは一体誰の声...?それに、リオって...
柔らかく、優しい声色で語りかけてくるその声は、どこか懐かしい雰囲気を感じるが、聞いたこともないはずの声になぜそんなことを感じるのか、理解ができずにいた。
「おーい、大丈夫かー?」
「......。」
「おい、まじでどうした?」
「──リオ、」
「あ?」
「名前、リオです」
「お、おぉ、そうか」
声の主が誰かはわからないけど、ともかく名前問題は解決した。謎の声に感謝しなきゃな。
「あなたの名前は?」
「あぁ、そうだな。俺の名前は───」
「イヤァァァッ!!!」
突如、女性の叫び声が町中に響く。只事ではない様子に、周りの人々が集まり何事かと騒がしくなる。
「まさかっ──!?」
男は焦った様子で悲鳴の聞こえた方へと走っていってしまう。理由も分からず、ただその場に立ち尽くしていると、今度は背後から大勢の叫び声が聞こえてくる。
「ヒィィッやめて、助けてぇ!」
「誰か、誰かぁぁぁ!!」
先程まで賑やかだった商店街は、人の悲鳴や叫び声が飛び交い、地面には殺されたばかりの人の死体が所々にあった。そこに一人の男がしゃがみ込んでいた。
「あ、悪魔だ!!」
あくま...?あくまって、なに──
「ふ〜ん、この状況でも逃げないガキなんているんだな」
「っ!?」
不意に目が合い、男はこちらに近づいてくる。頭には角のようなものを生やし、背中にはコウモリのような羽が生えている。周りに居た人達を殺したのはこいつなのだと、一目見て理解した。
「ハハッ、いいね〜その怯えた顔。お前はどんな悲鳴を聞かせてくれるんだろうな?」
殺人鬼はそう言ってニヤリと不気味な笑みを浮かべる。早く逃げなければ、と頭では分かっているのに体が動かず、殺人鬼が近づいてくるのをただ見ることしかできない。
「死ね」
「ボウズ! 逃げろ!!」
どこかへ走っていった男の声が聞こえたと同時に殺人鬼は手を振りかぶる。その瞬間、自分は死ぬのだと理解し、咄嗟に目を瞑る。しかし、いつまで待っても攻撃がこない。
「なっ...お、お前は!?」
誰もがリオの死を確信したが、それが訪れることはなかった。悪魔の手には剣が貫かれ、攻撃を既のところで止めていた。
「死んで、ない...?」
顔や腕、胸などを手で触れ、どこも異常がないか、生きているのかを確認する。何が起こったのか分からず、うっすらと目を開けて様子を見ると、目の前に居たのは恐ろしい殺人鬼ではなかった。