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「第二話」落ちこぼれ巫女の決意

 神の強さというのは、それが持つ人々からの信仰に強く依存する。

 

 信仰する人間が多ければ多いほど神としての力は増していき、使用できる権能の幅も増えていく。

 故に神にとって重要なのは、「どれだけ多くの人間に自分の存在を認知させるか」という点である。


 しかし、人には寿命があれば忘却だってある。

 どれだけ強い神、即ち多くの信仰を得ていた神であっても、忘れ去られるという恐怖からは逃れられない。

 事実、信仰する人間がいなくなったことにより姿を顕すことすら叶わなくなった神は、きっと数え切れないほどこの国にはいる。


 そしてその多くは人間を恨み、憎む。

 その結果彼らは人に仇なす祟神に成ってしまうのだ。


「……」


 無論、必ずしも祟神に成っているとは限らない。


 神にだって個性がある。


 自らを忘れた人間に対して復讐の業を燃やす荒々しいものもいれば、永久不変などこの世には無いのだと忘却を受け入れ、安らかに眠るものもいる。


 最も、前者のほうが圧倒的に多いのだが。


 そしてその忘れられた神、それが座していたであろう朽ち果てた神社の前に、私は立っている。

 不必要の烙印を押され、誰からも忘れ去られた……そんなの、今の私と何が違うのだろう?


(……おんなじだ)


 ふらふらと、歩く。

 鳥居は深く、なるべく深く頭を下げてからくぐる。


 ぞわり。

 はっきりと肌を刺す空気が変わったのが分かる。


 よかった、これなら妖魔は簡単には入ってこれない。

 完全に神の領域に足を踏み入れた私を、祟神が襲ってくることもない……私はほっと胸を撫で降ろした。


 まぁ、生き長らえたとして何になるのかと聞かれれば笑うしか無いのだが。


「……それにしても」


 なんというか、立派な神社だったんだなと思った。

 崩れている社もあるが、それにしたって広くて大きい……忘れ去られる前は、それはそれは力のある神だったのだろう。


 こうして忘れ去られた今であっても、残された結界は私を守ってくれている。

 こんな私を、役立たずの私を


 と、そんな事をぼんやりと考えていると、社の目の前に賽銭箱のようなものが見えた。


(お礼ぐらいは、しないとね)


 賽銭箱の前に立ち、私は改めて社を見上げる。

 ところどころ朽ち果てて入るものの、威厳の在る社。

 姿は見えないけれど、声も聞こえないけれど……こうして今も、私を守ってくれている。


 ゆっくりと手を合わせ、心の中で感謝の念を送る。


(私を受け入れてくださり、ありがとうございます。明日になったらここを去りますので、どうか今晩だけ……ここで眠ることをお許しください)


 じっくりと手を合わせた後、私は目を開ける。

 ゆっくりと頭を下げると、途端に緊張の糸がほぐれて……無節操に大きなあくびをしてしまった。


(大変な一日だったなぁ。早く寝ようっと)

「……失礼しまーす」


 賽銭箱の裏、社へと続く短い階段を登り、私は恐る恐る社の中に入り、寝そべった。

 布団も毛布もないけれど、自然と寒くはない……むしろ、暖かいとさえ感じた。

 もしかしたら、ここの神様が何かしてくれたのだろうか?


(……契約するなら、あなたみたいな神様がいいなぁ)


 閉じていく瞼、泥沼に沈んでいくような眠みに抗うこと無く、私はゆっくりと……それでいて穏やかに、微睡みの中へと沈んでいった。




 満開の桜、風に煽られひらひらと落ちていく花びら。


 しかし、ここは真昼なのに暗い。

 なぜなら太陽は白ではなく黒く、ジリジリと炙るような陽光を大地に降り注がせていたからである。

 薄暗く紫色の空……明らかに、まともな場所ではないことが察せられる。


『よぉ、やっと会えたな』


 その中に、白髪のそれは立っていた。

 人の形をしてはいるが、決して人ではない存在が。

 ──あなたは誰? と、私は尋ねてみる。 すると目の前に立つそれは、やけに鋭く荒々しい笑みを浮かべてきた。


『お前の神様だよ』


 ──私の? 少し距離を取りながら、私は聞き返した。

 そんな、あり得ない。

 だって私は、まだ何の神様とも契約していないのに。

 それに、あれからは神様独特の雰囲気は感じるけど、もっとこう……何か、別の何かがあるような、そんな気がした。


『ああ、お前の……お前だけの神様だ』


 それはなんだか嬉しそうだった。

 だが、それは私に向けられたものではなく、彼が見据える別の何かに対しての喜び。

 その様子は実に不気味で、近寄りがたかった。


『何がなんだか、分かんねぇって顔だな。まぁそのうち分かるだろうから、気にすんな』


 聞き返そうとした瞬間、私と自称神様の間に風が巻き起こる。

 それは桜の花びらを携えており、私の視界を一気に閉ざしていく。

 ──待って、まだ聞きたいことがあるの。手を伸ばすが、決して届かない。


『そうそう、危なくなったら俺を呼べよ? ……ああ、まだ名乗ってなかったっけ。いいかよく聞け? 俺の名前は──』


 それを完全に聞き取った瞬間、私は風と花びらの渦に飲み込まれた。

 抗えない、引き上げられる……泥沼のような混濁した微睡みから、あまりにも眩しい太陽が射す現実へ。







「……眩しい」


 当たり前のことを、確認するかのように呟く。

 仰向けのまま眺める空は青く、太陽だって目を開けてられないほど眩く輝いている。


 そりゃそうだ、これが普通なのだ。


(変な夢だったな。なんていうか、夢じゃなかったみたい)

「……ん?」


 むくりと起き上がり、手元に違和感があることに気づく。

 そこには何か、見慣れないものが握られていた……巻物、だろうか? それにしては随分と汚れているような、いい風に言えば年季が入っているし、悪い風に言えば汚い。


(なにこれ、私こんなの持ってきてたっけ?)


 私は恐る恐る、自分が握っている巻物を見た。

 よく「視て」みるとそこにはなんというか、神と妖魔の境目のような気配がしっとりと感じ取れた。

 この神社の神様からの、贈り物だろうか? 一体どういう意味があるのかは知らないが、とりあえず私は巻いてあった紐を解き、少しだけ中身を見た。


「……絵?」


 そこには、まるで子供が描いたような絵があった。

 町中だろうか? そこにいる無数のよく分からない何か、乱雑な筆使い……嫌いではないが、好きでもない。

 でも、中々面白い感性を持った人間が筆を執ったのだろうと思った。


 他には何が描かれているのだろう。

 私は視線を右から左へ……そこには、文字らしき何かと、なんとも言い表せない不気味さを携えた紫色の空と、そこに大きく浮かぶ黒い太陽が描かれていた。

 その不気味さ、不可思議に描かれた情景……思わず私は、大きく記されたその二文字を呟いた。


「……天翳あまかげる


 あれ、そういえばこの山の名前って。

 ──悲鳴。それと同時に、山に響き渡る振動。揺れる大地。


「っ!?」


 同時に肌を刺す、悍ましいほどの妖気。

 神社の結界の中であってもここまで鳥肌が立つ、太陽が昇っているのにまだ動いている……考えなくても分かる、それが悍ましい力を持った妖魔の存在を示唆していることが。


(悲鳴……ってことは、誰かが襲われてる!? 妖気の感じからしてそんなに遠くない、むしろ近い!)


 結界の中にいれば、ひとまず私は安全だろう。

 妖魔も太陽が出ている時間帯に長居するつもりはないだろうし、妖魔が獲物を仕留めれば、そのうち。


 あっ。


(私、今、見捨てようとしてた)


 水が流れるかのようにそれを前提にしていた事実に、私は戦慄する。

 無意識のうちに悲鳴の主を見捨て、それを犠牲にして自分は生き永らえようとしていた。

 いや、誰だって普通はそうするだろう。例え実力があっても、神と契約しているとしても、あんなのに太刀打ちできるのはそうそういない。


 ましてや、落ちこぼれで何の神とも契約していない私が行ったところで、死体が一つから二つに増えるだけだ。


 ……いや。

 いいや、いいや違う!


(私は落ちこぼれなんかじゃない!)


 自分で自分を押し殺してどうする、父親でも妹たちでもない……私自身を落ちこぼれだと一番罵っていたのは、私自身だったのではないのか!? だからこうして今も、「落ちこぼれ」という言い訳を盾にして無様に生きようとしている!


 そんなこと、認められない!


「……っあぁぁぁあああああ!!!!」


 震える足、自分の頬に平手打ち。

 震える体に喝を入れ、私は悲鳴が聞こえた方へと走り出した。

 怖い、そりゃ当たり前だ……でも、それよりもっと怖いものが、私にはあった。


(私は、見て見ぬふりをするような人間にはなりたくない!)


 例え才能がなくても、神に認められなくても。

 私がなりたくて、命をかなぐり捨てられるぐらいに憧れた巫女という偶像だけは、死んでも手放したくなかった。


 落ちこぼれだからという言い訳に背を向け、私は走る。


 何もできないかもしれない。

 それでも生き様だけは、後悔したくないから。



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