79。重たい!
私は、和さんと花さんに準備として軽く着付けをしてもらい白無垢の重みと動きにくさを体験させてもらった。大振り袖とは違う重みを感じる。肩から全身伝わるずっしりとした重み、最後に掛けられた羽織のせいで猫背になってしまう。
綿帽子は、眉のあたりまで被るので視界も悪い。こんなに動きにくいというのに、高さの高い下駄を履くという。
かかとが8センチほど高さがあるため、歩く時に細心の注意を払わなければならない。花魁が履く高下駄とは違って、かかと部分なので人間界のヒールを履くイメージに近そうだ。
ふらふらと歩く私に和さんが、手を差し伸べてくれた。その手に掴まって、恐る恐る歩き始めた。手に掴まっているので、屁っ放り腰になり肩は猫背のように丸まっている。
(こんな前日に歩く練習で、間に合うわけないでしょ!)
心の中で涙を流すほど、この姿勢では歩けるとは言い難いのだ。花さんはこんな私の姿を見て、お腹を抱えて笑っている。床に転げ回っているほど、笑っているので相当悲惨な姿勢なのだろう。
黒狐は、怪我をしてしまわないか心配そうで口をパクパクとして私に手を伸ばしては引っ込めてを繰り返している。
(いやいや、前日に言うのがまず間違ってると思います。それに、こんな高い下駄じゃなくても良くないかな)
言いたい言葉が次から次に、頭の中に流れていく。和さんは、手を取って歩いてくれていた足をぴたりと止めて私の姿勢を直し始めた。
肩を掴んでぐいっと胸を張らせ、背筋を伸ばすように上に力をかけられる。
「ぅっ……」
帯に締め上げられて、上から降りかかる重さに思わず苦しい声が漏れた。眉間に皺を寄せてなんとか、正しい姿勢をキープしようとした。息を肺いっぱいに吸うと姿勢が崩れそうで、息を少し吸っては止めてを繰り返す。
足に余分な力が入ってしまいプルプルと震え出す。さらには、息をほぼ止めているようなもので、苦しくなって顔を真っ赤にした。
「恋坡ちゃん、息吸って?」
プハっと、堰き止められたダムが崩壊するように溜めた息を吐き出した。そして、荒く呼吸を繰り返し心臓がバクバクと音を立てながら新鮮な空気を吸いこむ。
そんな私を見て、まずはと綿帽子と打ち掛けを外してくれた。少し軽くなり、動きやすくなった。綿帽子は外したのに、その下の針金はそのままでなんだか不恰好になってしまった。休憩を挟みつつ、部屋の中でファッションショーのように一人ぐるぐると歩き回った。
だんだんと踵の高い下駄にも慣れてきて、少しずつ背筋を伸ばして歩けるようになる。その頃には、転がるように笑っていた花さんもアドバイスをくれるようになっていた。
綿帽子をつけられて、先ほどのように視界が悪くなる。周りの音も綿帽子が吸い込んでしまい、ぽやんとした聞こえ方をする。
視界が狭くなった状態で歩くのに慣れて、重たい打ち掛けを羽織った。一番初めとは違い、背筋もいくぶんか伸ばして歩けるようになった。
「いい感じじゃない! 基本は、花嫁は歩かないで車に乗るのよ」
車、と言うものがこの妖界に存在をするのか? と私は首を傾げた。花さんは、私の疑問が分かったようで説明を加えてくれた。
「人間界でいう、人力車というやつだよ。それに習うと、妖が引っ張るから妖力車とか?」
こんな歩きにくいので、歩かなくていいというのは嬉しい。それなら一日かけて歩く練習をせず、他にもきっと準備があるはずだからそれを手伝えばよかったと考えがよぎる。
(いやいや、ここまで手伝ってもらってなんとか形になったんだから!)
「さあ、帰りますよ」
黒狐にそう言われて、私は白無垢を脱いで店から出た。
夕方になり、空はさんざし飴のような赤に近いオレンジ色に染まった。落ちていく太陽の光はキラキラとしている。思わずそんな綺麗な太陽に手をかざした。指の隙間からこぼれ落ちる太陽の光は、宝石のようで美しい。
手の中にもちろん太陽はないのに、宝石が手の中にあるような感覚になった。




