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華燭のまつり  作者: 白崎なな
第8章。華燭のまつり
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72。神社の奥!

「妖界で毎年こうやって、鈴撒きをして妖界の安定を願うんだよ。この鈴を持っていると、鈴の音色が嫌なことを吹き飛ばしてくれるの」


 この帯飾りの鈴は、以前の鈴撒きの鈴なのだそうだ。こうして、どんどん増やしていくと嬉しいことも増えるのだと教えてくれた。


 あちらこちらから、同じ澄んだ鈴の音色が鳴り響いている。妖たちをかき分けるようにして暖さんが、こちらに向かってきた。鬼たちの元に行った顔ぶれに、少し懐かしさを覚えた。



 黒狐と白狐はお留守番をしていてくれたが、そばにいてくれたので常にそばにいた気分だ。



「恋坡、ちょっと……」


 そう言い、私の手を取った。暖さんが今通ってきた道へ踵を返して、繋がれた手をぐいっと引っ張って歩き出した。歩く速さはあいも変わらず、私のスピードに合わせてくれる。


 そんな小さな気遣いに、私のことを想ってくれてるのだと感じてしまう。そう考えると、思わず頬に熱が集まる。


 時音稲荷神社の建物内には入らず、神社の庭を通って奥へ奥へと行く。

 庭部分まで雑草ひとつも無いほど、綺麗にされていたが庭を抜けた途端に少し不気味さを感じさせる光景が広がった。木々が生い茂り、舗装されていない草木を踏まれてできた道と呼ばない道を歩いている。


 建物もかなり広く迷子になりそうだったが、境内けいだいがそもそも広くて稲荷街と同等の広さなのではとさえ思えてくる。

 特に、庭を抜けた先が広い。かなり歩いた先に急に視界がひらける。月光が降り注ぎ、まばゆい光に目がくらむ。


 

 そこには、真っ赤に染まった赤い色の桜の木が一本生えている。太い年輪の木で、ずっとここに根を下ろしていることがよくわかる。



 満開に咲いた桜の木からは、薔薇のように赤い花びらを優雅に散らしている。ふわりと流れる柔らかい風までもが、幻想的な赤い桜を演出させる。

 

 

 暖さんの手が私から離れて、ゆっくりと桜の木に近づいていく。舞の時のように美しい動きで、腕を伸ばして桜の木に触れる。

 私は、幻想的な赤の桜に近づけないでいる。足が地面に釘で刺されているかのように、うまく動かせない。


 桜の木に触れている暖さんは、手をそのままにこちらを振り向く。どんどんと呼吸が浅くなっていき、手足が小刻みに震える。胸に流れてくる冷えた空気が、体を駆け巡り芯までもが冷えていく。震える手を胸に当てて、なんとか落ち着こうとする。


(な、なんだ、ろう…… この木は、なに?)


 赤い桜の花びらは、風に乗って私の方にも舞い踊るように落ちてくる。


「恋坡。この木は ”御霊の加護” の人間の血で咲いている。人間は妖と違って、亡くなっても肉体が残るからここに埋葬される」


 この心臓を掴まれる苦しさは、過去の ”御霊の加護” の持ち主が私になにか訴えかけてきているのだろうか。暖さんには感じない何かを私は、この木から感じ取っている。それがなにかは、分からない。



「……っ。こ、ここは、息が苦しいっ…… ですっ」


 やっと口を動かすことができた。ひりついた喉から絞り出された声は、震えて小さい。私の声に心配になってこちらに戻ってきてくれた。


 暖さんは私のそばに来て私の顔を覗き込み、眉を下げ薄く開いていた唇を固く閉じた。私は、この桜の木を視界から消すように目を閉じた。固く閉じても冷え切った体は、震えが止まらない。

 浅い呼吸を繰り返す私を、温かい暖さんの腕に包み込まれる。


「大丈夫」


 この一言で、肩から力が抜ける。ようやく深く息を吸い込むことができ、胸に当てていた手を暖さんの背中に回す。おでこを暖さんの胸に擦り付け、子供が甘えるような仕草をした。

 暖さんの温もりで、冷え切った体が徐々に温まってきた。


「ありがとう、ございます」


 私は、顔を上げると鼻がついてしまいそうな距離に暖さんの顔がある。


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