70。おまつり!
たくさんの妖が集まっていて、どうやらここ稲荷街以外の街からも来ているようだ。大きな翼の天狗もいて、私を見つけると手を振ってくれた。
なんだかここへ来てたくさんの友達ができたようで、嬉しい。みんなが私を受け入れてくれているようだ。各地で出会った妖たちは、もれなく友達になっているような気分になる。妖たちの懐の広さに、私も見習いたいと思わせる。
出店には、わたあめ、金魚すくい、たこ焼き…… と至って普通の出店たちだ。でも、人間界で見ていたお祭りよりも温かみに溢れている。聞こえてくる笛の音色に、楽しそうにはしゃぐ子供の声。どれもきっと人間界と変わらない。感じ方に変化が出たのは、周りのみんなが私に対して温かく迎え入れてくれたから。
見える全てが、キラキラとして輝いて見える。
空は、太陽が少し傾いていてオレンジ色になってきた。その色が、この世界を温かく包み込んでいるように感じた。
「きれいな世界だ……」
こんなこんな安っぽい言葉で言い表せないほど、美しい光景だった。瞬きを忘れるほど、輝く世界を脳裏に焼き付けたい。
「恋坡ちゃん、何する?」
そんな私に、ワクワクとした和さんの声で話かけられて意識が戻ってきた。
和さんの声の弾み具合が、楽しみなのは私だけではないとそう感じさせてくれる。花さんもニコニコと笑っていた。
「りんご飴、食べたいです!」
私は、両手をぎゅっと胸の前で握りしめて目尻を下げた。可愛らしい少女の姿の黒狐と白狐のふたりが、仲良くこちらに向かってきていた。
「それなら、黒狐たちと合流して行こう!」
黒狐がぴょこぴょこと跳ねて、私の目の前にやってきた。白狐も私にだいぶ慣れたようで、こちらに近づいてきて私の着物の裾を引っ張った。
(ふたりも、楽しみにしてるのかな!)
「恋坡さま〜、りんご飴ですね! あちらにございますよっ!」
可愛らしい声で私に、りんご飴のお店まで案内をしてくれた。鼻歌を歌いながら歩く黒狐の後ろを、微笑ましく思いながらついていく。
ここでもやはり物々交換なようで、店主の持つノートに絵を描いて欲しいと言われた。美術的な才能も無いので、描けるものはないか考える。
(どうせなら、人間界の物の方がいいよねぇ。妖界にない物ってなにかな)
そう考えつつ、店主からノートと万年筆を受け取った。万年筆は使ったことが無くて、筆を動かす方向によっては色が出ない。使ったことのない万年筆に、試行錯誤しながら絵を描く。
「これは、一体なんだい?」
なんとか書き終えて、店主にノートを返すと目を丸くして私の絵を凝視している。
その反応に、和さんたちもその絵を覗き込む。
「電球です。人間界には、電気というのが存在して。その電気というエネルギーを使って、この電球が光ます」
妖界に、電気という概念がなさそうだった。夜は、火を灯した提灯や行燈をつかっている。
そして絵が得意で無い私は、電球を描くのが精一杯だった。
「あぁ、夜でも明るくて。キラキラ輝いて、綺麗なんだよね」
花さんが思い出を語るように、腕を組んで頷いて答えてくれた。
見たことのない妖たちには、そうとう面白い絵だったらしくて気前よく5つも頂いた。
「面白い絵だった! ありがとう。ひとり一つ食べてね!」
本来なら断るが、自分の絵で喜んでもらえたならと受け取ることにした。
りんご飴の袋を開けて、カリッと音を立ててかじりついた。甘い飴の味が口いっぱいに広がる。コロコロと飴を転がしながら、もう一口頬張る。
りんごのシャリシャリとした食感と、飴を噛んだ時のザラつく舌触り。食感と見た目は、人間界の物と全く同じだ。
しかしやはり、妖界の食べ物は甘くてりんごの中まで飴のような味がしてくる。りんごまで甘いとなると、ここの土壌が甘いものを育ててるのかもしれない。
「りんご飴、美味しいですね!」
食事は別として、私も甘味が大好きだ。甘くて溶ける舌で、この妖界の味を楽しむ。
「私も、りんご飴好きなの」
和さんの意見に同意と、黒狐が大きく手を挙げてアピールをする。その微笑ましい光景に、みんなで顔を合わせて笑った。
白狐が早々に食べ終えたようで、私の方に来てわたあめのお店を指さした。
「恋坡様。わたあめは、いかがでしょう?」
きっと、それは白狐が食べたいのだろうが。私を楽しませるために、白狐はこちらに来てくれているはずなので私に言ってきてくれたのだと感じる。
少しそっぽを向いている様は、とてもいじらしい。
「いきましょう!」
私は、白狐の手を取って指の先のわたあめのお店に向かった。握り返してくれる小さな手から伝わる、ワクワク感。
妖の楽しそうな声からも、ここのみんなが楽しみにしていることがよく伝わってくる。落ちかけていた陽も、いつの間にか落ちていて、陽の光が消えつつある。
空を見上げると、ぽぽぽっと神社に向かっていくように順番に白い提灯に火が灯る。
提灯に火が灯ると、歓声と拍手がどこからともなく起こる。さらに周りの声が大きくなった。先ほどよりも盛り上がった、周りに飲み込まれそうになる。
なんとか、わたあめのお店に着いた。




