66。妖界に帰る!
「早くしないと……」
私の足にしがみついていた白狐が、時計の絵を指をさす。黒狐に飛びつかれてよろめいた際に、時計の絵から出てしまっていた。
私は全く気がついていなかったが、早くしろと暖さんは視線で訴えてきていた。袖の中で腕を組み、ツンッとした表情は一番はじめに会った時を思い出させる。
黒狐は、私から急いで離れて私の腕を引く。白狐もパッと私の足から離れてついてくる。
またしても、時計の絵の上に立つと風が吹いて場所が移動される。目を開けると、妖界の時音稲荷神社の千本鳥居の前にいた。
「律は?」
私を探していてくれたであろう律さんに、お礼を言わないとと私は思いながら、さんにんのやりとりを見守る。
「中でお待ちですよ」
暖さんは頷き返事をして、鳥居を足早に潜っていく。私も急いで着いていくが、身長の高さの違いというのは足の速さにも生まれるもので。
今までは、私の歩く速さに合わせてくれていたので感じなかったがかなり速い。
私は小走り気味になる。黒狐も白狐も何も話さず、ぴょこぴょこと狐の姿のままで飛び跳ねている。
律さんが待っていた部屋についたようだ。扉をさっと開けて暖さんは中に入っていった。
中からは、律さんの声が聞こえてくる。少し慌ててる声だ。
「ごめんって、そんな怒るなよ〜」
顔を見ていなくとも、暖さんの背中からでも察することができるほど怒りのオーラを放っていた。
黒狐と白虎は、おそらく私が気づくよりも前から怒っていたことに気がついていたのだろう。先ほどから、ふたりは下を向いて一言も話さない。
(なぜ、こんなに怒っているんだろう? むしろ、気を抜いていた私のことを怒るべきだよね)
大きなため息をついて暖さんは、律さんの前に座る。律さんは、空笑いをして暖さんから顔を背けてしまった。
「ええっと…… これは私が悪くて、律さんは悪くないんですよ?」
律さんは、私の方を見て首を振って私の言葉を否定する。暖さんもその意見には、同意なようで大きく頷いた。
「恋坡ちゃんを一人にしないって約束だったのに、約束を破って危険な目に合わせちゃったからね」
眉を下げて、顔からも申し訳なさそうにしているのが伝わってくる。
暖さんは、まだ不服そうにしている。たまに覗かせる、その幼さに私は笑みがこぼれた。
私は暖さんの隣に腰を下ろし、顔を覗き込む。バチっと目が合うと、雨で乱れ垂れたままの髪を耳にかけられた。
「風邪を引くから、温まってくるといい」
先ほどまでの怒りの瞳は消え、優しさがこもっていた。黒狐と白狐に案内されるまま、お風呂と着替えを済ませた。
先ほどの部屋に戻ると、美味しそうな親子丼が置かれていた。涙も流し走って。さらには雨にも打たれて、もうお腹がぺこぺこだった。
席につき、私は目を輝かせた。律さんと暖さんに笑われてしまったが、本当にお腹が減っていたので致し方がないと開き直る。
用意されていたお箸を使って、口に運んだ。人間界で食べるような、甘辛い味付けで頬が落ちそうになる。
(そうそう! 甘いだけじゃなくて、しょっぱさがちゃんとあって…… これ、美味しい!)
先ほどまでのギスギスした空気は、もう感じなくなっていた。妖は、あまりお腹が減らないそうで私だけが頬張っている。
「それ、暖が作ったんだよ〜。人間界の味は、暖の方が知ってるからね。元気そうな顔が見れてよかった! 僕は、お店に戻るね」
まだ食べてる最中なので、手を振って律さんを見送った。ニコニコと笑って私に手を振りかえして、部屋の扉を閉めた。
「暖さん、美味しいです! ありがとうございます!」
私は、隣に座る暖さんの方へ顔を向けた。せっかく髪を綺麗にしてもらったのに、ぐちゃぐちゃになるまで頭を触られた。
「ん。ゆっくりでいい。食べ終わったらそろそろ、華燭のまつりについて話しておきたい」




