52。フレンチトースト!
目を覚ますと、隣にいたはずの暖さんの姿はなかった。布団ももうすでに片付けられていて、はじめに部屋に来た時のようになっている。寝過ぎたのかと一気に覚醒をして、体を起こした。
私の足元に、少女の姿で黒狐と白狐がコソコソと話をしながら体操座りをしていた。
遅刻をした時のようにすごい勢いで起きたので、ふたりを驚かせてしまった。ふたりがいるのに気が付かず、驚かせた本人である私もびっくりして大きな声が出てしまった。
驚きで心臓がバクバクと音を鳴らし、肩が上下に動く。とにかく落ち着こうと、深呼吸をした。
「お、おはようございます」
「恋坡さま、おはようございます! 昨日は急いでいてお声がけができず、すみませんでした」
正座に座り直した黒狐に、深々と頭を下げられた。言葉は発しないが、隣の白狐も頭をちょこんと下げている。そんな謝ることではないのにと思って、あたふたとしてしまう。
そうこうしていると、ふたりは息を合わせてさっと飛び上がった。まだ起きたばかりで座っている私の両腕を、それぞれに引っ張られて立ちあがる。
黒狐は、ニコニコと楽しそうにしている。白狐も人見知りで表情はまだ硬いものの、目を輝かせているように見える。
2人の楽しそうな雰囲気に、私まで心が踊る。
浴衣を脱がされて、新しい着物を着せられた。真っ赤な色に鞠の絵柄が描かれている。黒地に金の刺繍の帯を締められた。真っ赤な着物は、大振り袖でかなり重量感を感じる。
髪もきっちりと結われて、もらったかんざしをつけてもらった。メイクも入念に施される。
成人式にでも参列するような装いになった。ここに来てからたくさんの着物に腕を通してきたが、どれも小袖の着物ばかりだった。自分の成人式はまだ先だが、少し先取りをしている気分になった。
「昨日の今日ですが、天狗の山神がご挨拶に来るそうですよ。恋坡さまは、もう奥方ですからね!
なので、きっちりと九尾の狐の奥方としてお迎えしなくてはいけないのです!」
(そういう大事なことは、早く教えてほしいな。心の準備が必要だから)
それはそうと、どうして黒狐が昨日のことを知っているのだろうかと不思議に感じた。黒狐は意気揚々に先ほどから、着付けやらをしている。鼻歌まで聞こえてくる。
しかし、私の不思議そうな顔を見てやらかした、と小さく呟いた。
私は、そのつぶやきがどういうことかわからなかった。私の隣にいた白狐が、静かに足だけを伸ばして黒狐の足を踏んだ。それは、まるで静かにと言っているようだ。
2人のやりとりは、仲の良さを伺える。姉妹のようなやりとりに、思わず笑ってしまう。
「しまったってなにが?」
最初に、和さんにもらった帯飾りの鈴をつけられた。黒狐は、その鈴の音で私の質問をかき消そうとしているように、大袈裟に鈴の音を鳴らした。
さらには黒狐の笑みは、グッと持ち上げられた口角は下がることを知らないとでも言うような作られた笑顔だ。
もしかして、と頭に浮かぶ。ふたりは私たちの昨日のやりとりをきっと知っているのだろう。
いつからここにいたの? そう聞きたい気持ちと、見られていたのかと恥ずかしい気持ちで押しつぶされそうな気分だ。知りたいが知りたくない。
「暖さまが、お待ちですから」
そう言ってふたりは、私の背中を押して部屋から追い出す。仕方がないので、聞くのは諦めて一階に降りていくことにした。少し急な角度の階段で、大振り袖を踏んでしまいそうになる。袖をたぐり寄せて、転ばないようにゆっくりと確実に降りていく。
「暖さん、おはようございます」
ゆっくりお茶を飲んでくつろいでいた、暖さんに声をかけた。手招きをされて、木でできた大きな箱を開けて中を見せられる。
その大きな木の箱は、冷蔵庫のようだ。冷気も感じるし、何より食材が並んでいいた。しかも、見たことのある牛乳パックたちだ。
人間界で売られているパッケージに、疑問がうかぶ。妖界にも人間界のもが簡単に手に入るのだろうか。
(そういえば、和さんも人間界のお茶を用意してもらっていたな)
それよりも、言ったことを実行に移すのが早い。昨日の夜、また買いに行こうと言っていたはずなのに。次の日の朝にはもうすでに揃っているのだ。
「ふれんちとーすとを……」
そう呟くほどの小さな声で言って、私から顔を背けている。いつもとは違って、ハーフアップにされていて髪で顔が隠れ気味になっていた。髪の隙間から覗く耳がほんのり赤いようにも見える。昨晩もそうだったが、恥ずかしいのだろうか。
「はい!」
ちらっと私を見て、恥ずかしそうに少しはにかんだ。今まで見てきた暖さんは、大人っぽくて責任感が強そうな感じだった。それがなんだか、とても幼い雰囲気を感じる。




