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華燭のまつり  作者: 白崎なな
第6章。恋!
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50。愛!

 すっかり外は、暗くなった。月は雲間に隠れてしまった。沈黙が流れて、少し居心地の悪さを感じる。


 (きっと、お父さんもいなくなって悲しいよね。何を言うべきかな。私は、暖さんのことが好きです? いやいや、状況からして今じゃない。必要と言ってくれて嬉しくて、必要とされるようにがんばります?)


 私は、伝えるべき言葉を考え込んでいた。重たく澱んだ空気のなか、ようやく暖さんが口を開いた。暗くて表情はしっかりと見えないが、曇りのない声だった。



 「巡ってきた、か。どうだろうか?」


 なんと回答したらいいか分からず、回答に困ってしまう。そんなことはお構いなく、暖さんの大きな両手が私の頭をそっと包み込む。そしておでこをくっつけられた。思わず、ぎゅっと目を閉じた。顔に熱が集まるのを感じた。



 想像を全くしていなかった動きに、私は固まるしかできなくなった。

 そして、おそるおそる目を開けた。暖さんと目が合うと、鼻でふっと笑われてしまった。そして、くっついたおでこをそっと離された。


 離れても、お互いの息を感じられるほどに近い距離に暖さんの顔がある。

 至近距離にある暖さんの顔は暗くてもよく見えた。私を包み込んでしまうような優しい眼差しだった。頬に集まった熱は、なかなか下がってはくれない。



 左手で私の髪にさしている、かんざしに触れた。


 「ずっと、守るから。そばにいてほしい。恋坡が必要なんだ」



 触っていた手でかんざしを抜かれた。まとめられていた髪が、ぱさりと解ける。暖さんは、私との間に距離をつくりかんざしに目線を落とした。

 言われたいと願った言葉に、思考停止してしまった。



 「最初は、自分が九尾になるために必要だと思った。でも今は違う……」


 顔をスッと上げられ、視線が絡まる。

 未だ、動いてくれない頭と身体。緊張で呼吸は浅くなり、苦しさを覚える。



 「律に、かんざしの意味をちゃんと言った方がいいと言われたんだ」



 「……なんとなく、花さんに聞きました」


 (そういえば、大事だとかなんとか……) 


 花さんの言葉をぼんやりとした頭で思い出す。いまから直接そう言われるのかと思うと、心臓が飛び上がるほどに鳴り響いた。



 「妖界では、好きな相手にかんざしを贈る風習がある。それは、ずっと守るという意味。

 さらに自分の目の色だと、結婚をしようという意味があるんだ。 

 ずっとそばにいて欲しい。 ……受け取ってくれるか?」



 雲間から月が顔を覗かせた。月明かりが窓から差し込んだ。その柔らかい明かりを受けて、かんざしは光を放つ。



「私、暖さんのことが好きです! だから、そのかんざしもずっと身につけていたいです!」


 頭で考えて答えるより先に、口が動く。その声は、思っていたよりも大きな声が出てしまった。止められない想いが、爆発してしまったように。



 暖さんは、ほっとした顔をした。ほっとしたのは、私の方だと講義したくなる。あんな改まって、話があると言われたら悪い方に考えてしまうものだ。



 あんなに必要と言ってくれていた暖さんにまで、見放されてしまったらどこにも居場所がなくなってしまう。その不安に苛まれたのだから。



 でも、私の講義の気持ちは暖さんの瞳の中に吸い込まれて消えていく。



 かんざしを手に握らされた。

 何があってもつけておけって言われたから、必ずつけておこうと思っていた。そういう意味があったとは、知らなかった。知らなかったにせよ、妖からしたら見せびらかしているわけで。


 そう考えると花魁のあの睨みは、納得できる。暖さんが、渡したであろうかんざしを身につけている私のことが疎かっただろう。花魁のあの口ぶりは、そうとう暖さんのことが好きなように感じたから。



 握らされたかんざしを、胸に寄せる。大切なものを抱きしめる気持ちで、握りしめた。



 解けた髪を耳にかけられ、暖さんの大きな手のひらがそのまま私の頬を包み込む。恋愛ドラマのワンシーンのような甘さを感じる。



 私の頬を包み込む暖さんの手に擦り寄り、微笑んだ。あごを掬い取られ、上を向かされる。私がゆっくり目を閉じると、腰に腕を回され体を引き寄せられる。そして、軽く唇が重なった。軽く重なっただけで、すぐに離れていく。



 頬に添えられた手は後頭部に回され、強く抱きしめられた。心臓がグッと掴まれたように感じる。



 口をハクハクとようやく動かせるようになった。船に乗っている時のように、見ている世界が揺れる。目がぐるぐると回った。


 「あ、の。暖さん……?」


 私の戸惑いの声に、暖さんは体を離した。離れた時に、ふたりの体の間からコトッと何かが落ちる音がした。暖さんがしゃがんで、落ちた物を拾い上げる。



 机においてあるランタンに、狐火を出して火を灯した。

 ランタンのゆらめく火に、拾い上げたものをかざされる。きらりと光るそれは、カギだった。




 暖さんとの距離が離れたことで、ようやく掴まれた心臓が解放された。頬に集まった熱も落ちつく。



 私は鍵を見て無意識に、暖さんの方へ歩いていき手をぎゅっと握った。振り返られて驚いたように目を大きく開いて私をみる。ぱちぱち瞬きをして、目を細めて笑った。



 「恋坡、すきだ」

 頭をふわふわと撫でられた。甘い香りがしてくるような、そんな空気感に包まれた。




 暖さんは、ランタンを手にして居間から出て行ってしまった。

 どうやら、湯浴みの準備をしてくれたようだ。私が先に、つかることになった。



 隣の部屋に入ると、大きな檜でできた樽にたっぷり湯が入っている。湯の中に体を沈める。

 熱が顔に集まり、湯に浸かってさらに体がほてった。ゆっくりするつもりだったが、すぐに出ることにした。


 (えっと? これは、現実?)


 そう考えながら、用意された浴衣に袖を通す。きっとまた、着方が違うだろうがとりあえず羽織った。


 未だ先程の出来事が、自分の中にストンと落ちていない。まだ、雲に乗って体が浮かんでいるような感覚だ。


 「暖さん、お先にお湯をいただきました」


 居間にいる暖さんに声をかける。何か本を読んでいたようだ。私の声に読んでいた本を閉じて、立ち上がる。



 そしてニ階に布団の用意があるから、以前と同じ部屋を使うように言われた。

 


 「そろそろ、神在月になる。俺は、時音ときね様と一緒に行かなくてはいけない。少しの間、こちらで待っていて欲しい」


 私は目を丸い皿のようにした。なぜなら、こちらで過ごしていた数日間が人間界では数ヶ月という単位だと判明したからだ。



 不要な子だと言われていたとしても、さすがに数ヶ月も連絡もつかず学校にもいないとなると警察沙汰だろう。逆に、警察にお世話になっていないなら寂しさを通り越してしまう。



 「何に驚いてる? あ、一緒に行きたいのか?」


 「え? 私が驚いてるのは、人間界ではもう10月になるのかってことですよ!」


 首をかしげて、私が何に驚いているのか分からなさそうだ。


 「もうそろそろ、人間界では10月になる」



 再度同じことを言われ、ようやくここで思い出した。昔話に、妖の世界から帰ると白髪になったと書かれていたことを。それは、人間界と妖界での時間差が存在するからだろう。



 まさに自分が、玉手箱をあけておばあさんになるところだった。まだ、今回は6月から10月にワープするだけだったが。

 それが妖界で数年もいたら、それこそ玉手箱を開けたおばあさんになっていただろう。



 「一度、家族を安心させるためにも顔を出しておきたいです」


 こくりと暖さんが頷いた。時音様に伝えてくれることになった。


 神無月と一般的に言われる10月。出雲の地に、神々が集まるので地方の神がいない月という意味だ。反対に、神たちは出雲に集まるので神在月になる。

 神と神に使える妖で向かうらしい。まだ、結婚をしていないので私は今回はついていけないのだという。



 律さんたちのところで、暖さんの帰りを待つようにもうすでにお願いをしているという。家の主である暖さんがいないので、ひとりにしておくのは不安なのだそうだ。

 

 「もう今日は遅いから、また明日」

 

 「はい、おやすみなさい」

 そう言って、私は二階に上がった。


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