32。かんざしが!?
(それは…… 暖さんから貰ったかんざしなのに!)
大男の足の下で粉々になった、かんざしのガラス。ガラスは、暖さんの瞳と同じ澄んだ青い色だった。
「そんなにこれが、大切なのか?」
「……」
必死に手を伸ばしている私に、大男は冷たい口調で言い放つ。
そして、返事のない私に怒りを覚えたのか私の頭を掴み髪を引っ張って立ち上がらせた。
(痛い! 痛すぎて涙がでる!)
「御霊をよこすんだ。そうすれば、ここの山が安泰だ。稲荷街も衰退して、我々の天狗の山が一番力を持つ街だ!」
「やはり、あなたが天狗なのですね?
天狗は、良い妖。良い行いをするから山神に認められた。あなたは違う。
それとも、あなたにはその器があると自負しているのですか?」
「はぁ? わしには、なれんと?」
煽ったつもりはないが、煽り文句のように聞こえたらしい。
天狗は、私の髪から手を離し後ろに転がっていた先ほどの錫杖を拾い上げていた。
そのすきに、目線を散り散りになったかんざしに移す。棒だけになった、かんざしを掬い上げた。流れ出た涙が、割れたガラスに落ちる。髪を掴まれ、ボサボサになった髪の毛は私の苦しい思いを表しているようだ。
背後から天狗の近づいてくる足音が聞こえてきた。
「そんなに、私の御霊がほしいんですか?」
「ヒヒヒッ。ようやく、わしに渡す気になったか?」
「渡す? 私の力は、まだ弱くて御霊を取り出せないそうですよ」
そういって私は、後ろを振り返った。せっかくもらったかんざしが、壊れてしまった悲しみと怒りに満ちた目で睨むように天狗を見た。振り返った時に、左袖から桃が落ちた。割れたガラスたちが、宙に浮いた。
そのガラスが光を放つ。その光は、神様と手を合わせた時に光った光と同じだった。あたたかいどこか懐かしい光が、眩しく感じるほどに光り輝いた。
光が形を作り始めた。
ーー暖さんの大きな狐姿だ。
「だ、暖さん!! 私は、ここにいます!」
私の側に、ふわりと舞い降りた。暖さんにようやく会えて、ほっとして先ほどから流れる涙が止められない。
青色の狐火をだして、天狗にめがけて飛びかかる。天狗はそれを交わして空を飛び回った。狐火が消えて、天狗が地面に足をつけたとき杉の木がある山に一瞬で変わった。
横にいた暖さんは、普段の人の姿になっていた。そして、私のことを抱き止めた。
「怪我は?」
「大丈夫です。桃の木が助けてくれて…… それよりも、もらったかんざしがっ!」
「そんなことは、問題ない。怪我がないならそれでいい。
それと、桃の実もさっき拾った。 ……無茶をさせて悪かった」
泣いてる私を落ち着かせるように背中を撫でてくれる。抱きしめてくれる力も程よくて、私は少しずつ落ち着きを取り戻した。
私を右手で抱きしめて、後頭部に手を添えられる。私は、少し暖さんの胸から顔を離して状況を確認した。
暖さんは、左手を近くの杉の木にかざすと杉の木がメキメキ音を立てて太い幹が折れる。その折れた木は、木々の上を飛ぶ天狗を攻撃をする。
さらに、先ほどと同じ狐火をもう一度出して、天狗をめがけて飛んでいく。そして、天狗の背中を燃やした。
「アチチチ! わしのつばさが!」




