3。おとぎ話ですか?
律さんのお店を出ると、やはり話をされたとおり知らない場所に出た。
扉を閉めながらお店の名前を見る。
(お店の名前は、"夢と笑顔の交換" ……そのままだ。お店の名前、人間界で見たかな? さて、さっき話してた時音稲荷神社に行こうかなぁ。)
お店の前には柳の大きな木がそびえ立ち、柳の側に大きな池がある。
池の前には左右に分かれる道があり、看板も見当たらない。別れを告げて出て来たのは良いものの、どちらに行けばいいのかわからない。
(どっちに行けば良いかぐらい聞けば良かったな。……あれ? 太陽が出てる。私の読んだ本には妖の世界は常に夜だったような?)
そうこう考えていると、ガタンッとすごい勢いで扉が開いて律さんが勢いよくお店から出て来た。
「ちょっと〜、出ていくの早くない?」
「あっ、え? 律さん?」
(やっぱり、扉が閉まる時に話しかけてきてた?)
「ここ知らないでしょ? 案内するから〜。それにひとりで行っても追い返されちゃうだろうから、僕も付いて行った方がいいかなって」
「案内してもらえると助かりますけど……ご迷惑では?」
「クククッ。そんな心配しなくていいから〜。さぁ! こっちだよ〜」
律さんが、指を指す方へ歩いていく。一本道になっていて、少し下り坂になっていた。
「ありがとうございます。……あの、律さん? 少し質問いいですか?」
横に並んだ律さんを見上げて聞くと、腕を組み片手で口元を押さえながらあくびをしていた。
「ん〜?」
「あの、私はなぜここに案内されたのでしょうか?」
「あ〜。……おまつりの言い伝えって聞いたことある?」
「はい! 狐の嫁入りまつりの日には町の子は狐面をつける。付けないと攫われる…… ってやつですよね?」
(たしか…… 私、お祭りの日だって忘れてて。お面を付けてなくて早く家に帰っちゃおう! ただの言い伝えだしって思ってたんだよなぁ〜。もしかしてそれで? ここに?)
「そういう話になってるんだ」
「聞いてる話だと、雨が降らなくて生贄に捧げた狐の女の嫉妬で連れてかれるって……それで私ここに?」
「あ〜、うーんと……ちょっと違うんだよね。九尾の狐って聞いたことある?」
「神様、とかなんとかってやつですか?」
「神様に仕えるって感じなんだけど……九尾になるためには、人の精気を吸うらしいんだよね」
「なんですかそれ?」
「人が生きる力なんだけど、それが強い人を嫁に迎え入れる風習が神様に仕えている狐にはあってね。 それに選ばれると黒と白の狐に誘われてここの世界に来るんだよ〜。
僕も詳しいことはあんまり知らないんだけど。」
「えっと、まさかそれって? 私?」
「おそらくね〜」
「でも候補というやつでは? そんな活気あふれた人間じゃ無いですし……」
「それは、僕では分からないよ〜。まぁ確かめてみるために今向かってるんだし!」
(ええっと? 話を整理しますと? 私は狐を九尾にするために目をつけられて、ここに来た、と。
それで? ここでその妖の嫁になって? ここで生きてくってこと……。
いやいや待て待て? さっき精気を吸ってとか言ったよね。ということは、嫁という名の人間を食べるってことですか!
生き物にいるよねぇ。そういう結婚と言って食べて体に取り込むやつ。)
そんな話をしながら律さんのお店からずっと下り坂を下っていくと、街が見えた。
ここまで誰にも遭遇しなかったが、ここでようやく別の妖達を見かけるようになった。
傘に足が生えた妖が踊っていたり、猫が言葉を話していたり。
(本当に、妖怪の住む世界なんだ……人らしいのは、律さんぐらい、かな。)
街の入り口にはここにも大きな柳の木が生えていた。街に差し掛かるところで、私は律さんに声をかけた。
「あの! やっぱり……私、行くのやめます」
「なんで〜? 怖い?」
「怖いですよ! 私食べられるんですよね!?」
「クククッ。面白いことを言うね。おとぎ話をしているのかな?」
「もはや、ここがおとぎ話の世界……」
「大丈夫!」
そう言って律さんは、私の腕を掴んで街に入っていく。
(大丈夫? それは、律さんの立場だからそう言えるんだ。私と同じ立場にたてばそうも言ってられないんだよ!)
街に入るとすぐに、ウサギや狐の子供たちに囲まれた。
「りつだぁ! そのこだあれ!」
「にんげん!? もしかしてぇ」
律さんは、私を掴んでた腕を離し子供たちと同じ目線になる様にしゃがんだ。
「はいはい。一気に話さないで〜。この子は石川恋坡ちゃん」
「こはちゃん!」
「「こんにちわぁ〜」」
私も子どもたちに話しかけられて、目線を合わせた。
「あっ、えっと……こんにちは?」
「こはちゃんは、およめさんなの〜?」
「"だんにぃ" に会いにいくの?」
(今から会いに行こうとしてた人……だん? って言う名前なのね?)
「そうそう〜。さぁ、お父さんお母さんのところに帰りなよ〜」
「「はーい。ばいばい、こはちゃーん!」」
(私、何も知らない。ここの世界も "だんさん" と言う人も)
律さんは子どもたちに手を振って見送ると、ぱっぱっと着物についた埃を払って立ち上がった。
「恋坡ちゃん、暖に会いに行こう。その前に……可愛いけど、その服じゃあ浮くから! 呉服店に行こうか〜」
律さんが、私の白に赤のセーラー服を指さす。
(そっか。みんな着物を着てるのか……)
「……はい」