28。線香一本分!?
暖さんは、花魁の手の上に添えた手で払い除けた。
「しつこい」
私は、その光景に呆気を取られた。ここは、そう言うお店であってただの飲み屋では無い。それぐらいは私でも理解していた。
「わちきの誘いを受けねえのは、主さんだけ」
(そうでしょうね。花魁は、そうそうそんなことをしないってテレビで言ってた。
それにこんな綺麗な人の誘い、拒否をする選択肢を選ぶ人ってなかなかいないよ?
それにしても、手を払いのけるなんて酷いんじゃ……)
暖さんはスッと立ち、律さんの方へ行く。私は、置いてけぼりにされてしまった。手に持っていた酒瓶をぎゅっと握った。
「だから嫌だったんだ。律、向こうと変わって」
「えぇ、僕じゃ花魁は嫌がるんだよ〜」
「あちきが好きなのは主さんだけ。なぜ伝わらねえのでありんすか?」
(なるほど。暖さんがここに来るのを嫌がっていたのは、花魁がいたからか。そして、その花魁は暖さんが好きなのね)
律さんは、かなり困った表情だ。花魁の方の席が空いたが、こちらに来ても嫌がられる。
でも、暖さんに自分が座っていた席を取られてしまった。真ん中に挟まれて座っていた、琳寧さんもオロオロとしはじめた。
お座敷の扉が開かれて、花魁が呼ばれた。花魁とのお座敷遊びは、線香一本分(約30分)とよく言う。いろんな客に引っ張りだこで、花魁ともなれば、嫌な客を断ることもできるそうだと書物で読んだことがあった。
しかし、彼女は嫌な顔をせずににこやかにそれに応じた。好きだと思う相手のお座敷なら、離れたくないと思うだろうに。
(正直、良いタイミングって思ってしまうよ。この状況は、どうしようもないから)
花魁と遊女が出ていき、今このお座敷いるのは私たちと芸妓のねえさんたちだ。そろそろ私たち3人も別のお座敷に呼ばれるのかと思っていたが、ねえさんに残るよう言われた。
「はぁ。ずっと三味線を弾いてて、指が痛い。もうしばらく弾きたくないなぁ」
和さんは、珍しく泣き言を言っていた。私はいつもおおらかで、どんな事にも前向きのイメージが強かったので新たな一面だと感じた。
「おにですが、桃が苦手だと聞きました。あと、豆も災いを払うことができるそうです」
「恋坡ちゃん、さすがだね〜
さっきのねえさんたちに教えてもらったの?」
「いえ、暖さんがさっきいた遊女に聞いてくれて。すごいよく知ってる方でした」
桃が苦手だということを知れたのは、オニを倒すのに必要な情報だった。ただ次に起こる問題は、その桃の木はどこに生えているかだ。
季節的に桃がなっていない場合、豆を頼りにする事になる。その豆もどこで手に入るかを議論する必要があった。私には、どこにあるのか分からなかった。みんなを頼りにするしかない。
「やっぱり、大桃樹の実じゃないと……。 でも、そんなの本当に昔話のつくりものだよね。 うーん、でもここはおとぎ話の世界……」
「大桃樹?
私、初めて聞いたけど。それは、どんなものなの?」
和さんは三味線を放り投げて、指をふーふーと息をかけながら私の独り言に質問してきた。




