26。お酌ですか!?
私は暖さんのそばに寄って、近くに座った。暖さんの盃が空いたら注ぐ。
どうすればいいのかわからなかった私にとって、暖さんのそばに座らせてもらえてほっとした。強張っていた体から、余計な力が抜けていく。
暖さんの隣にいた遊女は、どんな話を振っても無視をされるからか笑顔のまま固まっていた。そんな遊女に、私は同情の念を送った。暖さんが何かを思い出したように、口を開いた。
「そういえば。お前は、おにを見たことがあるか?」
やっと口を開いたと思ったらそれって、いかがなものかと私は思ってしまう。しかし、隣に座っていた遊女は無視され続けたからかとても嬉しそうだ。
「なにが知りたいんでありんすか?」
(やめてよ? 倒し方ってストレートに聞くのだけは。
さりげなく聞かないと、怪しすぎるでしょう? おねがい暖さん、それとなく聞いて)
直接伝えたいところだが、グッと堪えて伝われと心の中で願った。私の顔を暖さんが、じっと見てきた。そして、目線を逸らしながら遊女の問いに答えた。
「あ〜。苦手なものは、あるんだろうか」
私の念が届いたのか、顔に書いてあったのか頭を悩ませて質問をしたようだった。
「苦手なものでありんすか?
そうでありんすね…… 桃が苦手だと聞いたことがありんす」
(桃! 忘れてた。そういえば、そんな話を聞いたことがあった!
桃の木は、霊力が強くて桃の実を投げると退散していった。って話は有名だったんだ)
私は、すっかり忘れていたと思いつつ二人のやりとりを聞いていた。桃太郎の話があるが、これのおおもとになった話だ。私は知っていた話で、なぜ忘れていたのかと悔しさを感じる。
「そうか。桃が苦手なのか。
豆が苦手という話を聞いたから、本当か気になって」
(暖さん、それ。私のこと馬鹿にしてませんか?
豆で鬼は倒せるわけがないって、思ってるんですよね。適当に作った話だと思ってますよね?)
「魔滅のはなしでありんすね。豆にも霊力が宿っていて、災いを払うんでありんす」
たくさんのお客さんと会話をするからか、思っていた以上に物知りなようだ。私も不思議に思っていた、豆で退散させられるのかについても答えが聞けた。
「ただの豆で倒せるのか」
「いえ、炒り豆でねえとだめなんでありんす。
炒るというのは、射抜くという字を書きんす。災いを豆で射抜く、災いを払うという意味になりんす。
なので、炒り豆でありんせんとダメなんでありんす」
この遊女、本当にとても有能なようだ。たしかに炒り豆を撒いていた。でもそれは、生豆では食べた時に美味しくないからだと勘違いしていた。
「あ、花魁がきんす。変わりんすね」
そう言って遊女は、その席を外した。私にとっても知らないことが知れてよかった、と思っていた。知らないことが学べることは、私にとってとても楽しいことだった。
そうでなければ、何時間も机に向かっていられないだろう。
扉が開いて先ほどの花魁が入ってきた。垂れ目の目が笑うと、さらに下がって見える。後ろに控えていた、禿の手には手提げたばこ盆があった。 遊女といえば、煙管だろう。
私が思い描く花魁、そのままの人物だった。




