19。おに?
その日は暖さんのお家で、ゆっくり寝て過ごさせてもらった。部屋について目を瞑ると、直ぐにとぷんっと夢の中に落ちた。
「私ね、幸せだったの。だから、あの子にもって思うのよ」
「……」
声が出せない。耳元で声が聞こえている。だけど、起き上がることもできない。
いわゆる金縛りのような感覚。
それとも、からだ全身で落ち切った夢の中?
匂いも全てがリアルだった夢を知っているから、夢である可能性もある。夢の中なら、その声を聞いているだけでいい。そう思い、動かそうとしていた体の力を抜く。
「音を聴いて。心で感じて」
そう言い残して、耳元にいたであろう人の気配が消えた。とても優しい女性の声だった。
暫くして、目が覚めた。体を起こす。手を握って開いてを繰り返す。力をたくさん入れなくとも、普通に動かせた。
(あの人は、誰だったんだろう。どこか懐かしい感じもした。変な体験だったなぁ)
神様の頭の中に流れてくる感覚とは違い、耳元で話される感覚。だけど、体が動かない。本当に不思議な体験だった。いや、ここに来てから変な体験を嫌というほど体験をしている。
わたしは、2階屋根裏部屋を借りていた。和さんがしてくれたように自分の身支度を整える。着物を自分で着るのははじめてで、試行錯誤する。
下へ降りていくと、琳寧さんがひとりお茶を飲んでいた。琳寧さんが私に気がついてあいさつをされた。
「奥方は、ゆっくりできました?」
「はい。おかげさまで。あとその奥方、やめて欲しいです。
恋坡と呼んでください!」
「おそれ多いです! でも、奥方のお願いなら!
それなら、恋坡さんと呼びます!」
「そうしてください。奥方呼び、落ち着かないので。
……それより、暖さんたちは? どこへ?」
周りを、キョロキョロと見てもいない。リビングとキッチンがひとつに繋がっていた。掛け時計がカチカチと秒針の針が音を立てている。
静かな部屋に、琳寧さんだけがいた。
「子供達を街へ送りに行きました。
恋坡さんが起きたら、一緒に来るようにと言われました!」
「そうでしたか。それなら、急いでいきましょう!」
(暖さん、寝てないんじゃ? 妖は睡眠なくとも平気なのかな。野狐たちも元気いっぱいだったからなあ。
いやでも、街に行く日は二度寝してなかった?
寝溜めができるのかな。羨ましい)
街に行くが、どこにいるかまだはわからなかった。なので、先ずはこの "神かくし" について話をしてくれた、お豆腐屋さんに向かった。
店主には、何度も何度も頭を下げられてお礼を言われた。
「私は、何もしてないですから。みんなが無事で何よりです!」
「まさか、野狐のところだとは……」
「なぜあの村は、竹林の奥にあるのです?」
(同じ狐だし、一緒にこの街で生活すれば良いのに。わざわざあんな辺鄙なところに住む必要なんて、無さそうじゃない?)
「昔はね、試験があったんです。それに落ちると "野狐" と言われて、ここの街で生活ができかったの」
「でも、昔はって今言ってましたよね?」
「試験ももう無いし、差別も無いんです。でも、好きで住んでいるらしいんです。
今は、悪いことをする狐の妖を "野狐" と呼んでいます。
昔と同じ言葉ですけど、意味合いが変わっていまして」
「だから、今回の一件に対して暖さんは野狐って言ってたんですね!」
「ええ、そうです。
そんなことより! 本当に助けてくれて、ありがとうございました!
あ、暖さんは、和さんのお店にいますよ! また、しっかりお礼をさせてくださいね!」
手を振ってお豆腐屋さんを後にする。ちゃんと子供達は、家に帰ったようで一安心だ。和さんのお店に向かう。
私は、和さんのお店ののれんを潜って中に入った。
暖さん、律さん、花さんの3人が揃っていた。
「おにの居るところに行く」
のれんなので扉が開く音のように、声をかけないと気づかれない。暖さんが話し始めたことにより、おにのはなしになった。
「暖、おにのこと知ってるの?」
「知らん。もう1000年以上戦っていないはずだ」
「何も知らないのに、行っていいの? 危ないでしょ〜?」
「あ、あの!」
まったく気が付いてもらえず、私は声をかける。
3人は入り口にいた、私と琳寧さんのことを見る。暖さんに、自分の隣の座布団をトントンと叩かれた。
(ここに座れ。ね)
隣に座ると、和さんは苦笑しながらお茶を出してくれた。
「あなたもこっちに座って。
恋坡ちゃん、このお茶は人間界のだからきっと舌にあうと思うんだけど」
「わざわざ、ありがとうございます!」
(うん、私の知ってる緑茶だ。この味……ほっとする〜!)
私の反応を見て、和さんは嬉しそうな顔をした。妖界にも人間界の物があるのか。と考える。
「やっぱり、おにの所へ行くんですね?」
私の隣に座った琳寧さんが、私を挟んで暖さんに話しかけた。
「これを返しにいかないと」
「打ち出の小槌のことですよね?」
暖さんは、頷いて輪の中心にことんと置いた。
皆んなが見る、中心に置かれている打ち出の小槌。琳寧さんから預かっていた、おにの持ち物。 "赤の打ち出の小槌" だった。
「この打ち出の小槌、色以外に大黒天様の物と何が違うんでしょう?」
「一緒だよ! なんでも願いが叶うんだよ!
でも、持ち主の願い。っていうのが違いかな〜?」
律さんが、のんびりとした話し方で教えてくれた。持ち主の願いの違い、ということは。
「悪い人が悪いことに使ったり、なんてこともあるんですね。それは、問題ですね。」
『ああ』
暖さんが頷いて答える。
「でも、返しに行くんですか? 悪いことに使われてしまいませんか?」
「打ち出の小槌をというより、この紙を」
昨日、見た打ち出の小槌についている紙をひらひらとさせた。
「ねえ、おにを倒すには何が効果的だと思う〜?」
「燃やす」
「刺すとかでしょうか?」
「打ち出の小槌を使うというのはどうかな?」
暖さん、琳寧さん、花さんの順に戦い方について案を出した。
「打ち出の小槌は、持ち主でないと使えない」
だから、これを持っていても意味がないってことか。と私は納得した。持ち主が悪いことに使おうとすれば、使える。この赤の打ち出の小槌は、持っていても意味ないがおにが持っていると危険ということだ。
「えっと、人間界に節分という日があって。おにをやっつけるのに、豆まきをしたり柊とイワシの頭を玄関先に置いたりしますよ!」
「豆でおには倒せるの〜?」
はじめて聞いたと、律さんは言う。人間たちの風習で、豆まきをしたり恵方巻きを食べたりする。それが普通なことだと思っていた。
でも、こちらの妖が当たり前なことは私にとっては驚き。といったように、この話は妖にとって驚きなのだろう。
「そういう風習の日があるんです。
本当かどうか、さだかではありません。」
(確かに、豆まきってそんなのでおに退治が可能なの?)