18。それはなんですか?
かなりの夜ふけになり、元気がまだあった子供達も疲れ果てたようだ。こうして全員の子供達が、私たちのいる敷物の上で横になった。スゥスゥと寝ている子達を見ると、改めてホッとする。
そんな私たちのところに、ひとりキョロキョロと周りを確認しながらやってきた。人間の姿で近づいてくる。
暖さんにはない、狐耳が頭上についている。
「あのう。さっき、暖さんがくる前に誰もきてないって話。……あれ、嘘です!」
口の横に手を持ってきて、内緒話をする声のボリュームで話された。子供達が全員寝たタイミングでやって来た。そんな子供達が少しみじろぎをするだけで、肩が跳ねる。それほど緊張感を持っている、何か理由があるのだろうか。
「え! 誰かいらっしゃってたのですか?」
同じように私も声を小さくして、会話をする。
「はい」
そう言って、懐から白い包みを取り出した。その包の中には ”打ち出の小槌” が入っていた。
「これって、大黒天様が持ってる ”打ち出の小槌” ですよね?」
「違う。大黒天様のは金色。これは赤ということは」
暖さんは、その狐から小槌を受け取った。
「はい、鬼です」
「おに!? 実在するのですか?」
(いや、質問が間違ってるか。ここは、おとぎ話の世界だから。歌って踊る狐が目の前にいるじゃない。
そんな世界に "おに" がいたって、おかしくないよね)
「奥方! 声が大きいです!」
私の声は、思っていたよりも大きい声が出てしまっていたらしい。狐は、人差し指を口の前に持ってきて静かにするよう促して来た。
狐は辺りを見渡し、気づかれていないことに安堵のため息を漏らした。
「コホンッ。ええ。います」
「ニンゲンというのは、時々よく分からないことを言うものなのか?」
「妖界とは、全く世界が違います! 知らないことしかありません。」
「そうですよね。ここは、人からしたらおかしな世界ですよね」
なんだかこの狐は、人間界に行ったことがあるような口ぶりだ。そういえば、と。女郎蜘蛛の花さんも行ったことがある、と言っていたのを思い出した。
おそらくある程度の数の妖が、人間界に紛れ込んでいるのだろう。気づいていないだけで。
「それで? おにがここへ来たと?」
暖さんは、打ち出の小槌から目を離さず答えた。
「おそらく、おにだったと思います。オレもなんせ記憶が曖昧ですので。」
「よく思い出しましたね」
「この打ち出の小槌についている、メモを見たんです」
狐は、暖さんが持っている打ち出の小槌を指さす。
「メモですか?」
「これのことか」
打ち出の小槌にメモが括り付けられていた。そして、その紙を暖さんは剥がした。
「そうです。それを受け取ったのは、オレだと思います。
懐の中に仕舞ってありましたので」
暖さんが、二つ折りになっている紙を開く。それを私は覗き込んだ。またも、読めない文字。疑問に思っていると、
”この呪いは、消せない。おにがまた訪れる。”
狐が、そうメモには書いてあると教えてもらった。
「わかった。これは、預かっておく」
「暖さん、お一人で行くのですか? オレもついていきます!
助けてくれたんですよね、この集落を! その恩はしっかり、お返ししたいんです!
それに、もうここのみんなが危ない目にあって欲しく無いんです。こうしてこっそり来たのも、みんなに心配をかけたく無いからで」
「わかった。一緒に行こう」
「ありがとうございます!」
一緒に行く流れになり、私はこの狐の名前を知らないなと考えた。こうして言葉を交わしているのに、今更聞くのは忍びないが。
「……ところで、あなたのお名前は?」
「オレは、琳寧です!」
「私は、恋坡です。琳寧さん、よろしくお願いします!
知らないことしかないので、色々教えて欲しいです!」
人間について知っているであろう琳寧さんは、私にとって知らない事を教えてくれるありがたい存在。そして、優しい雰囲気なので聞きやすい。一緒に来てくれるのは、とても助かる。
「こちらこそ、お願いします」
琳寧さんは、律儀に私に頭を下げてくれた。
そして、お祭り騒ぎとなった宴も夜通し続いた。太陽がついに昇ってきた。
私たち3人の近くには、子供達が疲れて眠ったままだった。
私は日頃、早寝早起きの生活だったので眠気と戦っていた。
(私も、子供達と一緒に寝ておけば良かったなぁ。)
うつらうつらとした私に、まだ元気な野狐たちは ”また来てください” と告げる。
「楽しかったです。また来ます」
そう言いつつも、かなり瞼が重たかった。目を瞑ったら、一瞬で夢の中に溶け込んでしまいそうだ。
私は、子どもたちを起こした。暖さんは、同じように時計の絵を描く。今度は、来た時よりも大きな時計の絵だった。
今度こそ、暖さんの描いた時計の中心に立った。手を振る野狐たちの景色から、一転し元の竹林に戻ってきた。琳寧さんと子供達もみんなで移動してきた。
眠気に襲われつつも、自分から誘ったのだからと重たい身体を引きずるように帰る。
(そういえば、私どこに帰るんだっけ?)
「奥方、ふらついてますが! 大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。眠たいだけなので」
琳寧さんが、とても心配そうな顔で私を見る。体調が悪いと、思われてるかのような表情だ。本当に、眠たいだけなのだが。
「あの先に俺の家がある」
暖さんが、スッと指を刺した。その先にポツリと一軒建っていた。
「だんさんのおうち〜!」
しっかり眠って、元気になった子供達は嬉しそうにしている。反対に私は、だからどうした。と言う気持ちでいっぱいだった。
「えっと? 私はどうしたらよろしいですか?」
暖さんは、首を傾げるだけで私の問いに答えてくれない。なぜ答えてくれないのか、と私は考えた。
私は何度か瞬きをして、暖さんと同じように首を傾げた。
「ついて来い。ということですか?」
「それ以外に何がある? いくあてもないだろう?」
暖さんは疑問形で言葉を発したのに、返事を待たずに歩き始めた。聞いてないなら、疑問形で話さないで欲しい。
「オレもご一緒させてください!」
琳寧さんが勢いよく手を挙げてアピールをした。
(行くあてがないのも正しい。けど。なんか、頼れる人がこの人だけってちょっとなぁ。
あ、頼れる先! 律さんも和さんもいる!)
そう思いながら私は、暖さんの後ろを。私の後ろを琳寧さんと子供達が連なって歩く。
子供達は、歌を歌いながらついてきている。その歌を聞きながら、暖さんにお世話になるのも悪く無いかもと思った。
それは、ただ眠たい頭でぼんやりと考えていたからその考えにいたっただけかもしれない。でも、最初のイメージとは打って変わって優しい一面も見た。それが大きいだろう。
そして、心地よく聞こえてくる子供の声。太陽の光に照らされる暖さんの背中。
全てが合わさって、この人についていこう。と感じさせた。