表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華燭のまつり  作者: 白崎なな
第2章。私は必要ですか?
17/84

17。唄はどこで?

 こんなに大きな声で歌を唄うのは久しぶりで、呼吸が乱れた。深く呼吸をとり、落ち着かせる。

 目を閉じて、ふーっと最後に一際大きく深呼吸をした。目を開けて、瞬き数回する。



 目の前にいた暖さんは、いつのまにか元の人の姿になっていた。そして、こちらに近づいて来た。

 『初めてにしては、上出来だ』



 「ありがとう、ございます?

 あの、いまの唄ってなんですか? 自分で歌っておきながら、この質問はおかしいですが……」


 私のもとに来て、手の中にあった自鳴琴時計じめいきんどけいを取り左袖にそっと仕舞った。




 そして、顎で野狐を指す。そこには先ほどまであった黒い霧は晴れていた。


 『あ、あれ? 俺たちは何してた?』

 『分からないよ〜?』



 (ん? なんだか既視感。ああ、私が律さんのお店で全く記憶がなかったときみたい。)



 『だんさん、おわった?』



 『ああ』

 暖さんは、小さい声で聞いてきた子供の頭を優しく撫でた。その顔は、愛おしそうに目を細めて微かに微笑んでいる。



 子供の頭を撫でたあと、私の頭にもぽすんと手を載せられる。



 びっくりして目を白黒とさせた。私のその反応を想定していなかったのか、乗せたまま暖さんも固まってしまった。

 向こう側にいた野狐たちは、私たちに気付いたようだ。その声にようやく2人は、動いた。

 私の頭から離れた手は、袖の中に突っ込まれた。そして、腕を組んだ。

 私は、声のする方へ顔だけ向けた。


 『あれ! 暖さん! ここに何か御用でしたかい?』


 『いや、特にない。

 だが、ひとつ質問がある。俺がここに来る前誰か来たか?』




 野狐たちは、皆顔を合わせて確認をしあった。みな顔を横に振って、否定をしている。

 『いえ、普段どうり過ごしておりましたが?』



 『……そうか。邪魔して悪かった』

 踵を返して、帰ろうとした。そこに、ひとりの狐がやって来た。暖さんの顔を下から覗き込み、背中をバシバシと叩いた。



 『まあまあ! わざわざここまで来たんです! 宴でもどうです!』


 『いや、帰……』

 『こちらですよ!』

 暖さんの "帰る" の言葉は、野狐の言葉によってかき消された。そして、また背中を叩かれていた。



 絡まれ方が、宴会の時のおじさんだ。とその光景を見ながら考えていた。

 そんな余計なことを考えていた。そのせいで私の肩をガシッと掴まれて揺らされるまで、近づいて来ていたことに気が付かなかった。



 『あなたが、暖さんの! 奥方!』



 「いえ! 私は……」

 『これは大きくやらんとなあ!』

 暖さんの時と同じように、私の声もかき消された。私たちが話す言葉に被せて、彼等に話を遮られてしまった。


 

 私たちふたりをポツンと置き去りにされて、野狐たちは宴の準備に行ってしまった。

 子供達は輪になって、野狐と私たちの顔を見比べてどうするべきか困っているようだ。子供というのは時に不思議なもので、雰囲気を察するらしい。



 「み、みなさん、お話を聞いてくださらないのですね」


 『野狐たちは、自由で宴好きなんだ』



 (自由、というのか。なんというか。)

 私は腕を組んで、呑気なことを少し考えていた。近くにいたはずの暖さんを見た。つもりだったが、目の前にはいなかった。

 周りをキョロキョロとすると、暖さんは私の背中側にいた。


 「ええ、そのようですね。 ……って、暖さん?」


 『なんだ』



 「その地面の時計の絵って、もしかして?」



 『帰るが?』

 隣にいた暖さんはここにきた時のように、地面に時計の絵を描き終えていた。そして、さぞ当たり前のようにサラッと答えた。



 (いや、人のこと言えないでしょ。 ”帰るが?” じゃないでしょ? マイペースというのか、なんというのか。)



 私は思わず額を抑えてしまった。

 「私の頭は溶けてしまいそうです」



 『溶けない。それで? 恋坡は、ここに残るのか?』

 暖さんは首を傾げでいた。


 


 「残る残らないでは、なくですね!

 人の気持ちを知らないのですか? ……人じゃなくて妖ですが!」



 キョトンとして、何を言っているのかわからないといった表情で私を見てくる。

 『何を怒る必要がある?』



 その言葉にどうしようもないと感じて、首を振った。

 「なんと言えばいいのか。せっかくですね、私たちのために準備を……

 いえ、せっかくですし! 楽しみましょう? 暖さん!」



 『いや。俺は帰……』

「さあ! みなさんのところに行きましょう!……ね! みんなも行きたいよね!」



 私は、満面の笑みで暖さんの腕を引いて野狐のところに向かう。暖さんの周りの子供達も、楽しそうに声を上げた。

 『やったぁ!』



 私の足取りは、ここの世界に来て初めてとても軽やかに動く。


 『フゥ。お前もはなしを聞かないじゃないか。』

 渋々だが、暖さんは私についてきてくれた。



 (そんなこと言って、暖さんも楽しそう。

怖い妖だとか思い込んで、すみません。子供達と接してる姿をみると……優しいのかも。)



 『さあ! うたげを!』

 その言葉に狐たちは、各自楽器を持ち寄って音楽を奏で始めた。


 焚き火を焚き、その周りを小鼓を肩にかつぎながら踊ったり。時には、胡弓こきゅうの哀愁漂う曲になったり。



 子供達も、踊ったり歌ったりと楽しそうに過ごしているようだ。途切れなく常に音楽が鳴り続けた。



 『奥方、ここのお酒は美味しいんですよ。』

 そう言っておちょこを持たされ、トクトクと注がれてしまった。


 

 (まだ、未成年なので飲めません。なんて言ってもいいのかな。彼らのおもてなし、だろうし無下にはできないよな……)



 どう言えばいいのか、口をぱくぱくとさせるしかなかった。そんなことを悩んでいたら、隣からひょいっと手が伸びてきてかっ攫われた。


 『恋坡はまだ酒は、飲めない。』



 『ま、そうでしたか! それは、失礼しました!

 奥方は、こちらのブドウを絞った飲み物はいかがですか?』



 「それなら、飲めます! ありがとうございます!」

 暖さんのおかげで、上手く断ることができた。新しいカップからは、ブドウの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。



 「暖さん、気配りありがとうございます!」



 『特別なことはしてない。』

 そう言って暖さんは、残りのお酒を煽った。

 しばらく無言の中で、お互い空を見上げる。



 黒いキリは晴れ、太陽がすっかり沈み暗くなった空を見つめた。キラキラと星が輝いていた。




 そんな無言の空間に、子供達がやってきた。

 『もう、ねむたい〜』



 そう言って、私たちの座っていた敷物の上に寝そべって寝はじめた。



 冷たい風が頬を撫でた。



 「暖さん、私さっきの唄なんですけど。知らないはずなのに、自鳴琴時計じめいきんどけいを手にした時に頭痛がして。

 そうしたら、頭の中にあの唄が流れ込んできたんです。」



 『それは、御霊みたまの加護を持っているからだ。』



 「あの唄が、御霊の加護ですか?」



 『あの唄は、加護。御霊は、自鳴琴オルゴールを動かす鍵』



 「鍵も私の中に、あるんですか?」



 『時音ときね様が、まだ力が弱いと言ってた。いまはまだ取り出せる時では、ない。』



 「あの神様、時音ときね様というのですね。

あ、だから! 時音稲荷神社!」



 『は? 今さら……』



 (すみませんね。神様の名前すらも知らなくて!)



 「そ、それと、黒いキリ! あれは、なんだったのでしょう?」



 『あの黒いキリは呪縛じゅばく。それを解呪かいじゅをする必要がある。』



 「それが、時音様が話していた力を強くする方法ですね!」


 

 『そういうことだ。』


 (ここでこういう問題を私は解決をして、鍵を取り出せるようにしないといけない。私を必要としてくれているなら、それに応えたい!)



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ