16。狐?
暖さんと私は手と手を合わせた。
神様の時みたいに光が出る事もなく、何かがあるわけではなさそうだ。ただ手を合わせるだけだった。
たった数秒手を合わせただけだが、急に足の力がふっと抜けた。私はパタンとその場で座ってしまった。
(んえ? なんか、足に力が入らない……! 精気を貰うって言ってたっけ? 私の活力を抜かれたから、力が入らないのかな。)
暖さんの顔を見上げると、微かに口角が上がっているように見えた。
そうして、野狐と呼ばれた狐の集団の方に身体を向けた瞬間……冷たい風が巻き起こる。
地面に散っている木の葉がその風でふわふわ浮かび上がる。風が落ち着き、舞っていた木の葉が地面に落ちた。目の前にいた暖さんは、大きな大きな白い狐になっていた。
髪の色と同じで、尻尾の先は青色になっている。
(……おお、大きい! 6mぐらいありそう。にしても、大きすぎない? 私たち、暖さんからしたら指人形じゃない?)
『うわぁあああ!』
先ほどまで笑い転げていたというのに、暖さんの変化によってその表情が一変した。しかし、一匹が暖さんの尻尾を食い入るようにみた。手を顎に当てて、眉を上げて下げて。じっくり観察をしているようだ。そして、何かに気づいたとばかり手を叩いた。
『ガハハッ! お前ら、狼狽えるな! 見ろ、まだ九尾じゃあねえ!』
『ほんとうじゃねぇか! グハハ』
その一言で慌てた野狐らは落ち着いた。
(そんな慌てふためくほど、九尾の狐というのは恐ろしいの?)
暖さんは、軽く足を踏み鳴らすと野狐たちに狐火を送る。青白い光で漂うその狐火に、背すじがひんやりとする。
「暖さん、彼らがそれでは死んでしまうのではないですか? それに、その奥には子供たちがいますよ!」
『殺しはしない』
私の方に視線も向けず、答えた。
野狐たちの群れに差し掛かる時に、青白い光が小さい狐に変わった。一度落ち着いたら野狐たちが、先ほどのように慌てはじめる。
『なにも大丈夫じゃねぇや!』
『ただの狐じゃ無いんだ! 誰だよ、大丈夫って言ったやつ!』
その混乱状況に乗じて、私は子供達に声をかけた。
「こっちに逃げてきて!」
手招きをして、急かした。私の声に応えるようにこちらに逃げてきた子供達は、思っていたよりも多かった。
逃げてきた子供達は、暖さんの後ろに隠れた。
『こわかったよ〜』
『ん。もう大丈夫』
先ほどまで怖い表情に声色だったが、急に優しい声に変わった。
(子供に対しては優しいのね。どうりで、子供達から好かれてるわけだわ。
でも、子供好きに悪い人はいないよね?)
その光景に少し微笑ましく感じながら、野狐たちを私はちらっと見た。
先ほどの小さな狐たちは、噛みついたり引っ掻いたり攻撃をしていた。
(なんだか、甘噛みのような噛み方。本気の攻撃って感じが全くしない。これは、殺しになるような攻撃じゃないかもしれない。でもこの攻撃は効果があるの?
もしかして、子供達がこっちに逃げるための時間稼ぎ?)
そう思い、暖さんの様子を伺う。
『恋坡が解決しなければ、力は変わらずだ。
それに、俺は街の子供を守らないといけない』
「え? 私にどうしろと?」
『御霊の加護』
(はいはい、出ました。単語だけ言うやつ! それをどう使うのか、教えていただきたいんですよ?)
『……使い方は、知ってるはず』
「残念ながら、知りません」
『大丈夫だ』
(えっと。何を持ってその "大丈夫" の言葉が出るの?)
私は深呼吸をつく。自分を落ち着かせて、今できることを思案する。
御霊の加護というものが、本当に私の中にあるとしたら? ここをなんとかできるのはもしかして、私だけだったりするのか?
そんな答えの出ない考えが、頭の中でぐるぐると巡る。目の前では、先ほどの小さい狐たちが消えていた。
(え。消えちゃったよ。どうしたらいいの? 私なんかが、できることなんてないよ。)
「だ、暖さん、やっぱり私にはできないです!」
大きな狐姿のまま、どこから取り出したのか。一度見せてくれた大切な、自鳴琴時計が私の頭上にふわりと落ちてきた。これが、私が聞いた答えなのかもしれない。
慌てて私は足に力を込められるだけこめて、立ち上がる。先ほどまで完全に力が抜けていたが、今度はしっかり立つことができた。
立ち上がって、上から降って来た自鳴琴時計を受け取った。
両手に収まるサイズの自鳴琴時計は手の中で輝いた。
その瞬間に、頭がズキズキと痛む。
(いっ、たい!)
そう感じると同時に、頭に音が鳴り響く。
ーーこの曲、知ってる。
私は深く息を吸い込んだ。
「〜時が紡いだ音 忘れないで。
愛の色は いま 輝き出す
巡り巡ってあなたのところへ。
時計の針の音 刻まれる時
混ざり合った色が 心を溶かす温もり〜」
どこで聞いたかもわからない。
それなのに流れるように、口から歌を唄う。
(なぜこの唄を私は知っているのだろう?)