15。竹林の先には?
竹林を進むと急に暖さんがピタッと止まる。手を出して私を制止させた。
(止まるなら止まるで言ってくれればいいのに。なんで言葉で伝えてくれないのかな……)
「あっ、あの! ……っっ!!!」
私を制止させたその手で、バッと口を塞がれた。
後ろにいる私をチラッと見て、舌打ちをする。
(あー。喋るな、と言うことですか。すみません。
ふつうに怖いので、舌打ちとか睨むとかそういうのやめて欲しいんですが?)
私が静かになったことを確認して、手を離された。そして、地面に時計の絵を描き始めた。
暖さんの後ろから覗き込むように見ていた私のことをぐいっと引っ張って、暖さんの腕の中にすっぽり入った。
時計の中心に立つと、ふたりに重力が加わった。一気に下に落ちていく感覚だ。
時空が歪み、目の前が真っ白になり私は目を瞑った。
『おい。……こんなことして許されると思っているのか?』
暖さんの怒りに満ちた声に目を開け上を見上げた。暖さんは私ではなく前を見ている。
私の肩を抱いていたその腕は離され、私の前に立った。
(えっと…? 何に怒ってるんですか?)
暖さんの後ろから顔を出し、なにと話しているのか覗き込む。そこには、黒いモヤが辺り一面にかかっていた。その中から狐の群れが現れた。
そしてその奥にガタガタ震えている、子供達が見えた。おそらく探しにきた目的の、街の子供達だろう。
『グハハハ! 暖さんがわざわざここにおいでなさるなんて!』
『俺たちやぁ、まだ神様に見放されてなかったってこったぁ!』
『そーだそーだぁ』
『暖さんを食べれば、やっとこの底辺生活から解放か!』
(なに? この狐の妖…… 今まで出会った妖たちと雰囲気がまるで違いすぎる……)
『そんなだから野狐だと言われるんだ』
『ガハハハ!』
『グハハ! ん〜? その後ろのは…… はっ! ニンゲン! ……ニンゲンの肉は上手いんだよなぁ』
『おぉ、ほんとうだ! ニンゲンがいるぞ!』
"ニンゲン" ということばに野狐と呼ばれた狐たちが集まってきた。暖さんに対しては、興味を示さなかった狐達も私に興味津々なようだ。
(ヒィィ!! 今! 今! 美味しいって!?
今度こそ、食べられるやつ!? 私美味しくありません!)
『お前らにこいつは、食えん』
『ほう? なぜ?』
『こいつは、御霊の加護をもつ人間だから』
『御霊の加護か…… それでも、食べようと思えば食べられるんじゃないか?
暖さんだって、そんなこと言ってさ! ほんとうは食べたいんだろ?
俺らに寄越さないための嘘なんじゃ?』
『いや、御霊は美味しくないぞ。……たぶん』
(ん? あれ? 暖さん、そういう悪趣味は無いって……言ってませんでした?
やっぱり食べるんだ。食べられないと思ってたけど、暖さんも信じていると危ないかも。)
『ガハハハ! 暖さんや! 面白いことを言いなさる!』
『チッ。めんどくさい』
後ろに顔だけで振り返った。ぐっと私のことを見下ろしてきていて、更には話の内容も相まってとても威圧感を感じる。
『恋坡。あいつらを御霊の加護の力で解呪してやれ』
「はい!? いまなんて、言いました?」
『……いやだから…。ああ、本当にめんどくさい。
一旦、精気貸してくれればいい』
「いや、それどうやってやるんですか?
面倒でもある程度教えてくださらないと! 私知らないんです!」
(緊迫した状況でしょこれ、どう見ても。なのに、めんどくさいから説明省くの?
暖さん! そう言っている場合では無いんじゃない?)
『手』
そう言って右手のひらを私の前に出した。
(だ、か、ら! なぜちゃんと説明してくれないんですか!
手が何!? ……手と手を合わせるの? それでいいんですか?)
眉を潜めた顔で私は、暖さんの手のひらと顔を目線で行ったり来たりした。
その様子に呆れたのか暖さんは大きなため息をついた。
(!? ため息つきたいのはこっちです! ……ええい。手を合わせますね!)
ひんやりとした暖さんの手のひらなら自分の手のひらをピタッとくっつけた。