1。本の中の世界?
コポコポコポッ……ちゃぷんっーー
(あれ? この音なんだったかな?)
「……さん、お嬢さん!そろそろ起きて」
その声にハッと目を覚ました。がばっと顔を上げて、パチパチと瞬きをする。
先ほどまで寝ていて、まだぼんやりとした頭を無理やり叩き起こす。
目の前には、声をかけていた心配そうな表情の男性が私の肩を叩きながら横に立っていた。
「良かった〜。人間ってやっぱり脆いのかな〜。やりすぎちゃった?」
(ここどこ? あなた誰?)
「えっと、ここは? あれ? 私はここで何をしてたのでしょうか?」
「あれ? 覚えてないの〜?……ところでお嬢さん、名前は?」
「私は、石川恋坡です」
「恋坡ちゃんね。よろしくね〜! 僕は律ね!」
(えっと? それで私は何してたのでしょうか?
そして……突っ込んでもいいのかな? その頭の耳はなんでしょう? なんて。
この謎のお店? にいるのも気になるけど。なんか、思い出せそうで思い出せない……)
律と名乗った男は、肩につく長めの黒髪に頭の上に白い耳がついていた。黄色の瞳がこちらをじっと見つめている。
着物に羽織まで着た装いで、ここが自分の知る場所ではないことを感じさせた。優しい口調で聞いてくれたから、普通に答えているが心の中では焦りでしかなかった。
なにか思い出せそうなものはないかと、周りをキョロキョロ見渡した。
綺麗な瓶に桃色、黄色や青色…… カラフルな色の液体がたっぷり瓶に入っている。
色ごとに分けられて棚に並んでいる様子は、さらに綺麗さを感じた。店内は、少し暗いのにキラキラとびんが光っている様に見えて綺麗だと感じる。
(ん? 瓶に何か文字が書いてある?
なんて書いてあるんだろう? 知らない文字かな? 読めないなぁ)
上の棚に瓶が並び、奥にはおしゃれなランタンが置いてある。火が中で灯っているようで、火のゆらめきで光が波を打っている。
キョロキョロとしている私に律さんは、優しい声で話しかけてくれる。
「恋坡ちゃんさぁ、まだ僕お代を渡せてないんだけど」
「はい!? お代?? ……何かお渡ししましたっけ?」
キョトンとした顔で私を見たと思ったら急に、肩を掴んで揺らしてきた。
(え? え? なになに!)
「思い出して〜」
急なことに目を瞬きするしかなかった。そんな私を見て、プハッと律さんは笑って手を離してくれた。
( "ごめんごめーん" と顔に書いてありますけど! 急に揺さぶられたらびっくりするよ!)
「なんか、揺らされると思い出すって聞いたことがあったんだよね〜。
……それで? ここまでどうやって来た〜! とか思い出せることない?」
(そして、それどこ情報でしょうか? そんなの私聞いたことないんだけど!?)
そう言って律さんは私の隣に座り、頬杖をついて私の話を聞いてくれた。
「うーん、高校の帰り道に……あ! そういえば。お祭りがあったんだった! それでここまで白の狐? 猫? と黒の子の2匹に連れられて……」
「そうかぁ。人間界の6月だから "狐の嫁入りまつり" の時期だったのか〜! 誘われて来たんだね〜。恋坡ちゃんは、大変だろうけど頑張って」
どうやら、私はここの世界に誘われたようだ。律さんは、このお祭りについて少し知っているそうだ。
そのお祭りの名前が出たということは、私がここへ来たこととそのお祭りが関係あるのだろうか。私は、このお祭りの ”言い伝え” について思い出す。
それにしても、いまの律さんの 『頑張って』 なんのことだろうかと思った。
「頑張る? 何を? ですか?」
うんうんと律さんは、首を縦に振っている。
(いやいや、何を? 頑張ればいいのですか? 私は)
「まあ、まずは今の状況の説明が欲しそうだね。
……僕は、夢食いバクの妖。ここは、妖怪の住まう世界だよ〜。
そしてこのお店は、僕が取り出した夢を扱うお店なんだよ」
「……妖ですか? 本の中の世界の話か何かですか?」
「うーん、イメージとしては……。うん、まあ、本の中って感じになるのかな?」
(説明するって言ってくれたけど、ちょっとめんどくさくなったの? 全然説明になってないんじゃない?)
ここの妖の世界と人間の世界とは、扉で繋がっている。その扉がここにもあるという。
私は、自分のことを人間界で必要だと感じる人はいないだろうとは感じていた。それでも、なんとか受かった高校。なんとしてでも勉強に遅れを取りたくない。まだ私は、認めてもらえていない。
「えっと? それで? 私は元の世界に戻れるんですか?」
「戻れないと思うよ〜。人間界とここの妖界との扉は3箇所しかない。
その中の一つがこのお店。ここの扉から人間界に繋がるのは、人間界の6月と11月の2回だけ」
律さんは、私の後ろにあった扉を指を刺して言った。私は、律さんの指の先にあった、入り口の扉を見た。なんの変哲もない茶色の扉。ここの扉から私は、おそらくこちらに来たのだろう。残念ながら、ここの扉を開けた記憶は全くない。
後ろ振り向き、扉を見つめる私に律さんは説明をつづけてくれる。
「それがねぇ。繋がる場所でその日に扉を開けても、絶対繋がるとは限らないんだよ。
繋がるのはもはや、奇跡的なんだよ〜。ここのお店を長いことやっているんだけど、久しぶりの人間なんだよ? 恋坡ちゃんが」
"帰れない" ことに対して焦りを覚え、思わず机に手を置き立ち上がる。そして、隣に座る律さんの顔にずいっと寄せて近づいた。私はまだ、認めてもらえてないから戻る必要がある。
「そんなぁ、帰れないなんて困ります!
いなくなって困る人はいないだろうけど。それでも! 私が困ります!」
律さんは困った表情になり、立ち上がった私の肩をトントンと叩いて座るように促される。その一つ一つの仕草話し方、全てに優しさを感じる。
「そう言われてもなぁ。あぁ、そういえば白狐と黒狐って言った?」
私は、その白狐というのも黒狐というのも知らない。それでもなんとなく、さっき思い出した白い子と黒い子がそうなのではと考えられる。
なので、おそらくそうという確証がないため軽く頷くだけにした。
「それなら、時音稲荷に行ってみたら?」
「え!? それって、人間界? の "狐の嫁入りまつり" で有名なお稲荷さんですよ?」
「うん。そうだね。神様はここにはいないけど。神様に仕える妖たちがここに居るんだよ〜! 白狐と黒狐も時音稲荷に仕える妖だよ!」
神様に仕える妖。神様に付き従う動物が存在すると、神話を読んだときに書いてあったことを思い出す。その動物の代わりに妖が務めているというのだろうか。
神様の従者ということだろうが、妖がしているとは聞いたことがなかった。妖界は、少し人間の感覚とは少し違う様だから別の意味が含まれているかもしれない。
「そ、そうなんですね。教えてくれて、ありがとうございます。律さんのおかげでなんとかなりそうです!」
「お役に立てなら、良かったよ〜」