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アティラス  作者: 西式ロア
第一章 冒険
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第一話 日常

「おい、起きろ! 飯の時間だ!」


 いつも通り、怒号で目が覚める。

 大広間に集められ豚の餌のような食事を摂取すると、すぐに仕事に取り掛かる。まずは自分たちが使う服とシーツの洗濯に部屋の掃除。それぞれ係に分かれて行う。

 ラインは澄んだ水で血や汚れが付いた奴隷たちの服を洗っていく。豊富な水資源を持つこの都市では奴隷であっても水を使える。そんな綺麗な水面には、この地域ではあまり見かけない――黒い髪と黒い瞳を持つ男が映っていた。


 次は、普通であれば奴隷商へ運ばれた荷物の搬入と自身が売られるのを待つだけなのだが、この時間は他の奴隷と違うことをする。

 ラインはその手に余るほどの石を運んでいた。


「さぼんなよ!」


 いつだって飛んでくるのは怒号だ。

 しかし、叫ぶのは奴隷商の用心棒ではなく都市の役人である分、いくらか圧はましだった。


 今ラインらが行っているのは道の整備だ。石の敷かれた綺麗な道を増やすという都市の計画。石を運び、敷き詰めていく。ひたすらにそれの繰り返し。ラインを含めた十数名の奴隷は、ボランティアとしてその作業に駆り出されていた。

 目的は二つあり、その一つは奴隷商のアピール。この都市に協力しているということを示すため。半月ほど前に奴隷を逃がしてしまった失態を少しでも払拭するために、こうやって都市や市民にアピールしているのだ。

 二つ目は、貧相で労働力として売れない、変態に売るには歳がいき過ぎてて売れない、といった者たち。そういった者たちの体を鍛えるためだ。時には、自身の体重ほどの石を持って全力疾走しなければならない労働をこなせば体力も筋力もつくはずだ。そうなれば安い値ではあるが、売れない、というようなことはなくなるだろう。


「よし、今日はここまでだ!」


 役人のリーダーが声を上げる。

 街に夕日が差し込むころ、ようやく作業が終わった。

 ラインはふらふらになった脚で帰路に就く。


 そして日が沈んだころに、またも朝と同じ餌を食すことになる。栄養は入っているのかもしれないが、見た目と味が最悪だ。だというのに、ラインたちは体を作るため他よりも多く食さねばならない。主人からの命令だ。

 ラインは吐きそうになりながらも、それを口に詰め込んだ。


 食事のあとは一刻ほどの自由な時間が与えられる。奴隷の権利に関する法で自由時間が定められているからだ。この奴隷商は一応、裏ではなく表で商売をしている。それが法を破る訳にはいかない。

 半月ほど前に起こった奴隷商からの男の脱走。その事件の後、この自由時間を利用し逃げてやろうと躍起になる者も幾人かいたが、その熱は脱走を試みた数名の足を犠牲に収まった。彼らの足は数週間、この部屋の入口に飾られていた。もう撤去されたみたいだが。

 その時に比べれば、嫌な物を見なくていい分、食は進む。


「よお、ライン。飯は美味かったか?」

「あなたも食べたのならわかるでしょう? いつも通り、最悪ですよ」

「お前はいつもそう言うよな。まあ、ちょっと来いよ」


 絡んできたのはガラの悪い男が五人。いずれもラインより二回りくらい体が大きい。


 また始まった。


 ラインは心の中でつぶやいた。




「うぉらっ!」

「グッ……」


 腹に拳が突き刺さる。両腕を摑まれ、身動きのできないラインは、顔を歪めて耐えるしかなかった。


「おいおい何してんだよ、あんだけいきがってた割には全然じゃねえか」

「うるせえ! そういうお前だって全然声出せてなかったじゃねえかよ!」


 こいつらは人を殴り、どれだけ声を上げさせたかによって競い合い、楽しんでいる。

 その標的にされたのがラインだった。


 人よりも飯を多くもらうとこういうことが起きる。

元貴族のラインからすれば最悪な味の飯だが、彼らからすれば別に食えない味でもないのだろう。その飯を欲しがり、恨まれる。だが無理やり奪うわけにはいかない。ラインを含めた数名に、食べろと命令しているのは主人だ。その飯を奪うことは主人に逆らうことと同じ。ひとたび奪っているところを見張り役にでも見つかれば、叩きのめされる。彼らもそれをわかっている。

 しかし恨みは恨み。晴らさねば気が済まないのだろう。元貴族で他者との――それも奴隷との関わり方などわからず、いつも一人で孤立しているラインは、その恨み、そして日々のストレスを発散する対象としてちょうど良かったのだ。


「ハア……ハア……うっ……」


 喉を登ってきた吐瀉物を必死に口の中で留め、また飲み込む。

 胃の液も一緒に登ってきたようで、喉がひりつくように痛い。


「ちっ、なんだよ。そのまま吐いてしまえばいいものをよ」


 嘔吐は十点。このゲームでは高得点だ。

 吐いてしまえば彼らが喜びそうなものだが、吐くわけにはいかない。もし出してしまえば夜を通しての掃除が待っている。それに、吐いて彼らも罰を受けるのであればいいが、それはない。見張り役にとって食べ物を奪うことはアウトなのだが、吐かせるのはセーフみたいだ。

 ラインのせめてもの抵抗であった。


「じゃあ、次いくぜ――」


 また放たれようとした拳は、自由時間の終了を告げる声に止められる。


「なんだ、終わりかよ。じゃあな、ライン。また明日」


 手をひらひらと振りながら自身の床へ戻っていく彼らを、どうか鉱山に売られますようにと精一杯の恨みを込めた目で見送ると、ラインは自身の床へとついた。

 朝からの作業と夜の暴力で付いた痣を気にしながら目を閉じる。

 頭の中ではある男の言葉が反芻していた。半月前に自由となったある男の言葉が。

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