第3章 第3話 良い噂が無いのはキツい
時刻は早朝。まだ朝日が昇っていない中、魔王城で最も広い面積を誇る部屋となるこの大会議室には大勢の魔族が集められていた。
「・・・というわけでして本日、魔王太后ジェリサ様がこの魔王城へと来られます。失礼のないように」
その前方に立って、眼鏡越しに手元の書類を読み進めながらこう話をしているのは、普段は魔王家の侍従長を務めている女性のエルフ。
彼女はベテラン感あふれる雰囲気の中年女性であり人望もすこぶる高いのだが、いわゆる朝の全体ミーティングの最後を飾るこの話を聞いていた魔族達の表情は浮かない。
「あ、あのジェリサ様ですよネ?もし失礼でも働いたらどんな仕打ちを受けるカ・・・」
「おいらはできるだけ顔を合わさないように動くぜ。だってあのジェリサ様だぜ・・・」
「ねえ知ってる?魔王城料理長やってるミノタウロスの爺さん、この情報を事前に察知してたから有休取ったらしいよ」
ザワザワと騒ぎ始める様々な種類の魔族。しかしエルフの侍従長は「ゴホンっ!」と強く咳ばらいをすると変わらず淡々とした口ぶりで彼らのことをたしなめる。
「確かにあのジェリサ様が来られるというので緊張されるのは理解できます。しかし今回、対応をするのはこちらにいらっしゃる勇者レザ様となります。皆さんは失礼なきように動きつつも自分の職務に集中してください」
彼女からこう紹介をされると、エルフの侍従長と同じく大勢の魔族達の前方に立っていたレザに注目が集まる。そしてしばしの静寂の後、魔族達は拍手をしながら安堵の声を上げると同時に。
「なんダ。勇者様が対応してくれるなら安心ですネ。恐ろしい怒鳴り声を聞かなくて済みまス。本当に助かりますヨ」
「そうだな。やっぱり勇者様は何でもこなせるから凄いぜ。マジで感謝感謝だぜ」
と次々に感謝の言葉を口にした。
それらを聞いて周りにはバレない程度に眉をひそめるレザだが、さらに気になる言葉が彼の耳へと届く。
「でもミノタウロスの爺さんはやっぱり休んで良かったかも。あの爺さんは大昔から厨房にいるけど、ジェリサ様から毎日のように味付け云々とかで怒られてたらしいよ?ノイローゼになったこともあるってさ」
「皆さん、雑談はもうよしてください。それでは朝の合同会議はこれで解散となります」
皆の雑談にしびれを切らしたエルフの侍従長が放つこの指示をきっかけに、魔族達はレザに会釈をしながらゾロゾロと大会議室を後にする。
そしてとうとう部屋に残されたのはエルフの侍従長とレザだけになったのだが。
「それでは勇者様、ジェリサ様のご対応をよろしくお願いいたします。ちなみに新人侍従であるカウィズは体調を崩されている魔王妃シルヴェ様の看病をしておりますのでご了承ください」
彼女はこのように説明をした上に、去り際には「・・・本当に色々と大変だと思いますが頑張ってくださいね」と小声で声をかけてから大会議室を出て行った。
「・・・」
気づけば広い部屋の中でたった1人になったレザ。
彼はじっと何も無い空虚を見つめながら憎しみ混じりにこう呟く。
「魔王め。私のことを騙しましたね。『念のために言っておくがその立場ゆえに畏怖の念を持たれているだけで優しい性格ではある』・・・この前は魔王太后様についてこう仰ってましたよね。でも魔族の皆さんの反応見たらこれ絶対嘘ですよね。めちゃくちゃ普通に怖がられてますよね」
そして勇者レザは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるが、依頼を受けた以上はもう仕方ないとばかりにため息交じりに肩を落とす
「恐らく本当に怖い方になるのでしょうが、ここまで来て断るわけにはいきませんからね・・・」
ちなみに魔王ゴヴァは昨晩から自室に引きこもり、予定されているという人間の国王達との会談に向けた準備を進めているらしい。
とは言えもう頼まれたことをするしかないと悟ったレザは、遅れて大会議室から出ることとした。
◇
レザは魔王からの依頼に首を縦に振って以降、魔王城を巡って様々な魔族にジェリサについて聞き込みをしていた。
魔王の母親の対応をすることになった以上は失礼があってはいけない。そのため血縁者であるゴヴァだけでなく客観的な視点を持つ者からの言葉に耳を傾けることにしたのだが。
「どうも良い噂を聞きませんね・・・」
魔王城の城門近くにてそろそろ到着するというジェリサのことを待ちながらレザはここまでのことを思い出す。
又聞きや噂話ベースのものも多かったものの、魔王太后ジェリサと実際に話したことがあるという魔族に聞けばかなり恐怖の対象として見られているようだった。
それに魔王城にいる魔族の中でも、最も付き合いが長いという料理長のミノタウロスにもレザは会いに行ったのだが。
『魔王太后ジェリサ様について!?こ、来られるのかあの方が!?今度ここに来られるのか!?こうしちゃおられん、今から有休の申請を出してこよう!』
ろくに話を聞くことができず、曲がった腰のまま年齢不相応の全速力で有休申請書を取りに走った彼の後ろ姿を、ただただ見つめることしかできなかった。
「どうしましょうか・・・。シルヴェ様からのご意見は聞けなかったですし」
頭を抱えたレザは最も中立な意見をくれそうな魔王妃シルヴェに助けを求めようとしたのだが、最近どうも体調が良くないようで会うことができず。
さすがに無理を言ってまで顔を合わせるわけにはいかなかったので、当たり前のように自身のことをストーキングしていた魔法使いカウィズを捕まえて伝言を頼んだものの。
「そもそもカウィズ様も昨日から姿が見えませんね・・・」
昨晩からこの魔王城に前乗りして準備をしていたレザ。しかしいつもは背後を振り返ればそこにいるはずのカウィズもどこを探しても見当たらず、もちろん今のところ彼女からシルヴェに関する返事は無い。
それでもここまで集めた材料で何パターンかの対応シミュレーションを行ってきたレザ。できる限りの準備はしたつもりだと自身のことを鼓舞しながら城門で待っていた彼の目は、ようやくそれを捕らえた。
「来られましたね・・・」
恐らく魔王太后を乗せているであろう馬車を引きながらこちらに向かってきている、真っ黒で巨大なベヒーモスの姿を。




